――それは、あっという間の決闘だった。
バイキルラッシュ<過剰強化呪文>だか何だかの呪文で、ネクロバルサの剛力を宿した呪術王の左手が迫る。
いくら戦闘経験が浅いといっても、まともに見積もってレベル差四十はあろうパワーは、当然のように脅威だ。左手の軌道をこれでもかというほど注視しながら、攻撃をよけ続けた。
呪術王の左手が俺の身体をかするたび、鋭い裂傷が走る。風切り音が倉庫に響くたび、俺の余力が目減りしていく。時間が立てば立つほど、押し切られるリスクは高まる。故に短期決戦。
だが、相手はどうやっても隻腕。腕を構えることもできない右半身は、左腕を雑に振るうたびにがら空きになる。
何度目かの間隙を縫い、ボディブローを叩きつけた。ぷっ、と、呪術王は短い息を吐く。
ぎ、と歯を軋らせた呪術王は、俺の足を踏みつけると、再度左腕を大きく振るった。狙いは俺の顔面。クリーンヒットすれば首が吹っ飛ぶ。
俺は歯を食いしばって、そのテレフォンパンチを『敢えて』受けた。
呪術王の拳骨が、俺の頬をしたたかに打つ。着弾する寸前で身を引き、威力を殺して受ける。ガッチュ、という妙な音が口腔から聞こえた。
飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、俺は呪術王の拳骨に左手を添えた。
そして、右手は道具袋へ。引っ張り出した『それ』を、伸びきった呪術王の左手首に密着させる。下手から、弧を描くように、自然に。
カチャリと、軽い金属音が倉庫に響いた。
呪術王に満ち満ちていた剛力がほどけた。呪術王は、これ以上ないほど目を見開いて、自身の腕にかけられた『それ』を見た。
手錠である。いつぞやの裏クエストの報酬として受け取った、とあるどうぐ使いの試作品。
この手錠をかけられた者は、自身にかかった魔法効果の全てを失う。もちろん、新たに呪文を発動することもできない。名器・マホトン錠の後発品だった。
衝撃にわななく呪術王。魔法の守りを失った彼は、見た目こそ変わらなかったが、どこかしなびた印象があった。
一芸のみに頼む者から一芸を奪えば、こうも脆くなる。
「――呪術王カワキ。お前を、逮捕してやる」
ぺ、と、折れた奥歯を吐き出し、カワキの眉間に叩きつける。単純な目つぶしだ。なんの面白味もなく、カワキは目を閉じる。
一秒にも満たない間隙で、掴んだままだった呪術王の肘を抑えて、回転するように地面に打ち付ける。倒れ伏すカワキの背中に覆いかぶさり、仕留めにかかる。
右腕をカワキの首に巻き付け、左手でロックをかける。そして、万力のように締め付け、気管を圧迫する。
完全に極まった場合、短時間で人体の意識を落とす魔技。名をチョークスリーパーという。
地獄のような苦しみに対して、カワキは無抵抗だった。脳に回る酸素を断たれ、意識がブラックアウトしていく最中も、カワキはぼうっと、地面を見つめていた。
ろくに言葉も発せないはずの状況において、カワキはぽつりと、言葉を落とした。幻聴だったかもしれない。
「――そうか、こうも弱いなら、俺は怪物じゃなかったんだな――」
フッと、カワキの身体から、唐突にチカラが失われた。
すぐさま、俺はホールドを解いて、カワキの息を確認した。よだれを垂らしていたが、息は止まってない。
よかった、とは思わなかった。意識を取り戻す前に、施錠できていなかったカワキの右腕にも、手錠の空いてる方をかけた。
「――所詮、主人公やラスボスって器じゃないんだよ。お互いにな」
俺はふーーーっと、長いため息をついた。達成感で弛緩しそうになる身体を叱咤し、俺は立ち上がった。
――〇月×日 土曜日 昼十四時十五分過ぎ。
呪術王カワキ、確保。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7636357/