あの日、彼らはやってきた。
「おおーここが噂のメルサンディ村!いいところですなぁ!今日から数日間お世話になりますぞ!さぁアイリちゃん、ちゃんと挨拶しなさいー!」
「…こんにちわ」
陽気な年配の男と、まだ幼い女の子。
女の子の方は病弱なのか青色が悪く元気がないのよ。
「いやー実はワタシ、童話作家でしてな。といってもヒット作があるわけでもなく、ははは面目ない。貯金と年金でやってはいけるんですが、それでは人生おもしろくない!このアイリちゃんの為にも世間があっと驚く大作を書き上げたいと思いましてな!!まずはよき環境から!…と言うことでして!はっはっは!」
よーしゃべるジジイだけど悪い人ではなさそうね。
とりあえず数日この村に滞在してみるそうなので、宿屋を手配してあげたのよ。
あとで聞いたんだけどあの老人とアイリちゃんは、祖父と孫の関係だそう。詳しい事情は聞かなかったけど、アイリちゃんのご両親はもういないそう。そして彼女は喘息を持っており、それもあって空気のきれいな場所に移住を検討してるらしい。
老人と病弱な女の子。働き手としては期待できないけど、今のメルサンディ村ならあの2人を受け入れるぐらいの余裕はある。それに、この村を舞台にした童話を書いてもらえれば、村のPRにもなるしね。
ワタシは2人を受け入れる方向を示し、親睦を兼ねた宴会を設けた。
「はっはっは!いやーいいところですなぁ!空気もうまいし!アイリちゃんの咳もずいぶんマシになりました!」
それはよかった。
村の奥に空き家があるので、そこに住むことを提案したのよ。小さい家だけど村人全員で綺麗にしたしね。
「おーーなんというお心遣い!このパンパニーニ感動しましたぞ!いつかこの村を舞台にした大作を書き上げ、貢献したいと思いますぞ!」
ははは、その「いつか」を期待せずに待ってるわよ。あ、そう言えばこの村には「クロワッサンコロネ伝説」ってのがあるんだけど知ってる?
「いえ、存じませんな。なんですかなそれは?」
ワタシはこの村に伝わる、英雄クロワッサンコロネの話をしたの。
内容は。。まぁどこにでもあるようなお伽話で、簡単に言えばクロワッサンコロネが魔女と戦うって感じね。
「ほほう。。クロワッサンコロネ。。名前をもう少しキャッチーなものにすれば案外。。ふむ。。」
酒に酔っていたはずのパンパニーニが、いつになく真剣な顔つきでブツブツ言い始めた。
まぁなんにせよ、次回作のヒントになったのならよかったのよ。
本来パンパニーニには才能があった。
キッカケに恵まれていなかっただけで、一度開花した彼の才能は、彼の持つペンに命を宿らせたかのよう。数日間、彼の部屋の明かりは消されることなく、そして彼のペンも止まることがなかった。
そして…ついに英雄ザンクローネが誕生する。
小さな身体に熱く強いハートを持つ英雄ザンクローネの物語は、瞬く間に世間の心を掴んだ。初版の売り切れ後、何度も増刷を重ねるものの書店からの問い合わせがやむことはなかったの。
「ははは、こんなに反響があるとは思いませなんだ!しかしまだワタシは止まりませんよ!なんといいますか、この歳になって初めてワタシは充実!ハッキリ言って乗りに乗っているのです!たとえこの命が尽きようとも、ワタシの頭の中にあるもの全てを書き切ってみせますぞ!」
その後、数々のエピソードが書き下ろされ、パンパニーニの元にはとんでもない印税が入ってきたの。
これで裕福な暮らしになるわね、よかったねアイリちゃん。ドルワーム王国にいって、最高の医療を受けることもできるわよ!
ところが。。。
彼は受け取った印税のほとんどを村に寄付すると言い出した。
「初めてこの村を訪れた時、皆さんが優しく受け入れてくれましたな。住むところを提供いただいたうえに、夕方になれば誰かが食料を届けてくれた!そのおかげでこの作品が生まれた!つまりこれは村人全員で作り上げたモノ。故にこのお金も、この村のために使うべきだと考えますぞ!」
え、でも。。
「なーに、ワタシの愛するアイリちゃんが一生困らない程度のお金はちゃんと取ってあります。ワタシはもう歳です。ぶっちゃけ金なんかあっても困るだけですわい!」
そこまで言ってくれるなら、と。
ワタシは寄付を受け入れた。そしてその事は、村人たちのさらなる協力への呼び水となった。
村はどんどん発展し、それに伴い村人たちの暮らしは豊かになったのよ。
ほんといい人が来てくれてよかった。
いい住人たちでよかった。
ワタシも村長に転生してよかった。
未来は明るい。
白紙のページにそう書き記し、さらなる邁進を誓って村長日記を閉じたの。
その晩。
パンパニーニが息を引きとった。
つづく