誰かが言った。世界は可能性に満ちている、謎と冒険に満ちたアストルティア。何が起こるかわからない。
そんなのは嘘っぱちだ。どうせ決まりきった毎日が続くだけさ、とニヒルな台詞を吐く者もいる。
だが、下を向いて世をすねる前に、空を見上げてみることをお勧めしたい。
雲は白く、空は青く、そして世界は限りなく広い。ちっぽけな自分が小賢しく理屈をこねてみせたところで、何が分かるというのか。私の知らない何かが、どこかに眠っているに違いない。
その日も私は仲間たちとの待ち合わせの間、荷物を整理しつつ空を見上げていた。
ギルザッドの高い空に冬の風が吹き、雲たちが肩を寄せ合う。
雲は白く、空は青く、
そして、おおばさみは黒光りする刀身を大きく広げ、雲の間を優雅に羽ばたいていた。
鳥か、魔物か、飛行型ドルボードか。いや違う。
大空に、おおばさみ。
物騒なシルエットが、ぷかぷかとのどかに浮かんでいる。
長さの違う二本の刃を内側に向かい合わせた、いかにも使いづらそうな形状で、取り立てて際立った長所があるわけでもなく、一部のマニア以外には見向きもされていない武器である。
最近、見ないと思っていたが、あんな高い所にいたとは……
一応、あれは両手剣の一種ということになっているのだが、空を飛ぶところを見ると、実は鳥の仲間だったのかもしれない。確かに、両手剣には全く見えない。
長く旅を続けてきた私だが、また新しい発見をしてしまったようだ。これだから、アストルティアは何が起こるかわからない。現実主義を気取っていたニヒリスト諸兄も、きっと納得してくれるに違いない。
……いやいや、さにあらず。私はぶんぶんと首を振った。
冷静に考えれば、おおばさみが空を飛ぶはずがないのである。何かの見間違いだろう。まったく、私もどうかしている。
私は一度空から目を離し、大きく首を回すと、瞳を閉じてごしごしをまぶたをこすった。
さあ、もう一度空を見上げよう。退屈な日々が生み出した下らない妄想は、文字通り雲散霧消、雲の彼方に消え去ったはずだ。
……ふむ。
イーリスの杖が色とりどりの翼を雄々しく広げ、その隣では、盾だろうか。円形の鉄塊が優雅に空中を散歩していた。
さらに隣にはもう一つ、もはやどんな武器だか判別もつかない程、細く小さな影がある。
視線を上にずらすと、先ほどのおおばさみも相変らずぷかぷかと雲間に浮かんでいた。
どうも、仲間を呼んだらしい。
武器たちの間に友情があるとは知らなかったが、一瞬にして3人もの仲間が集まるあたり、おおばさみ氏の人望はなかなかのものと言えそうだ。
しかし、イーリスの杖はいかにも空が飛べそうだが、あの盾はどうやって浮いているのだろうな? 高速回転して遠心力で浮上しているにしても、向きがおかしい。これもまた不思議の種か。
世の中には不思議なことがあるものだ。世界は可能性に満ちている。ドルワームのドクチョルに報告すれば、8番目の7不思議に認定してもらえるかもしれない。
どう思うかね、ウェディ人形よ。
「なんとも、おもいませんなー」
ほう、意外とクールだな。
「そんなことより、わたしのおしりが、びみょうに、ういてることのほうが、ふしぎですなー」
噴水の水圧で浮いてるんじゃあないのか?
「ぶつりてきに、ありえませんなー」
人形がしゃべるのは、物理的に問題ないのか?
「いきにんぎょう、ですからー」
なら、仕方ないか。
「しかた、ありませんなー」
世界は可能性に満ちている、謎と冒険に満ちたアストルティア。何が起こるかわからない。
もし退屈を感じたなら、空を見上げてみるといい。
ちょっとした不思議が、頭の上に浮かんでいるかもしれない。