薄暗闇の中、その暗闇が真っ白に見えるほど色濃く染まった闇が一つ。下半身は野獣、上半身は筋骨隆々たる壮年の男。特徴的な顎髭、頭には捻じれた角。
少し離れて、やや弱い闇が二つ。颯爽とマントを翻し剣を構えた彼らの顔は白い仮面に包まれ、全くの無表情に見えた。
ヘルバトラーと闇の従者。強戦士と呼ばれる魔物たちの中でも最強と呼ばれるつわものたちだが、搦め手を使わない分、これまでの相手に比べれば与し易い部類だ。
杖を高く掲げる。ライトフォースが影を払い、フォースブレイクが邪気を断ち、マダンテが闇を裂く。剣に持ち替え、追撃に移る。一体を倒したら次は弓だ。ダークネスショットで残る従者も弱らせ、シャイニングボウで追い打ちする。全てがスムーズに運べば、驚くほどあっさり勝利を掴めることだろう。
……もっとも、邪教の神官がヘルバトラーの元に次々と集まってきた場合は話が別だが……。
この日のヘルバトラーは、どうやら人望が薄かったらしい。ま、彼の所業を考えればそれも当然か。
自爆命令を嬉々として受け入れる者は、いかに魔族とはいえ、少数派だと思いたい。
みたび、ぱらりと音がした。
そして、雲をはたくような震動音と共に世界が閉じていく。
魔物達、仄暗い地下室、漂う瘴気。全てが溶けてほどけ、壁も床も記号の羅列へと変わる。文字だ。文字は並んで文章となり、それと同時に私の意識はふわりと飛翔した。世界は私だけを残してバラバラにほどけて崩れ、全てが文字の羅列になる。
本を閉じる。
世界は文字となって本の内側に消え、気付けば私は潮風を浴びて自宅の前に立っていた。太陽がまぶしい。ジュレットの常夏の日差しだ。
手元には一冊の書物。分厚い革の表紙には"強戦士の書"と刻まれていた。
熟練の冒険者ならば誰もが持っているこの書物は、過去にアストルティアを脅かしたという魔物たちとの戦いを、仮想空間上で体験できる魔法の品だ。
戦士たちは腕試しのため、または報酬を求めて呪文を唱える。ベジーク・ベジセルク、と。その瞬間、書物に記された情報が彼らを包み、戦士達を非現実の世界へといざなうのだ。
私はこのところ、暇さえあればこの本を読みふけり、酒場で雇った仲間と共に、その世界の中で戦いを繰り広げていた。
目的は報酬ではない。……もちろん、頂くものは頂くが。
自分自身の戦い方を見直す時が来ている。そう感じたためである。
何故今更、そんなことを気にし始めたのか……
きっかけは、一つの戦いだった。