意を決して、二人が飛び出す。
クリスレイが愕然とした表情で振り返った。
観客もどよめく。
だが、それはすぐに静寂に変わった。
ラスターシャの踊りは、私の目から見ても分かるほど見事なものだった。
クリスレイが失敗した後だからこそ、余計にその美しさが引き立つ。
リルリラは懸命に彼女をサポートしつつ、クリスレイを舞台袖に導いた。
静寂が、やがて喝采に代わる。
舞台は輝き、ラスターシャは光を浴びて舞い踊る。栄光の座に、彼女はいた。
一方、舞台袖にはけたクリスレイは、影の中に沈む。その表情は窺い知れない。
明と暗。残酷なまでにくっきりと浮かび上がったそれを見つめて、私は居たたまれない気持ちがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
サルバリータもまた、同じものを見つめていた。
だが、その瞳は、舞台袖の闇よりも深く、そして強い、漆黒の意思を秘めていた。
「あの子のことは、四つの頃から見てきたわ」
サルバリータは呟く。
「だからわかるのよ……あの子には才能がない」
女指導者の瞳は闇をじっと見つめる。冷徹な、あまりにも冷徹な視線で。
「才あるものは勝ち残り、才なきものは消えていく。それがこの世界。でも、そんなあの子にもたった一つ、できることがあるわ。何だかわかる? 魔法戦士さん」
私は彼女とクリスレイを交互に見つめ……目をそらして、答えた。
「努力、とかですかな」
サルバリータは酷薄な表情をその顔に浮かべ、首を振った。
「踏み台になることよ」
私は彼女に向き直る。非難の視線に怯むそぶりも見せず、サルバリータは続けた。
「はっきり言うわ。あの子が失敗することはわかっていた。でもラスターシャはそれを踏み台にして輝ける才能がある」
「だから、わざと恥をかかせて、咬ませ犬にした?」
「ええ」
「長年、貴女を慕い、努力してきた弟子を、使い捨ての道具のようにか!」
「それが何か?」
拳が震えた。だが、舞台の上のラスターシャは彼女の言葉通り観客を魅了し、一気にスターダムを駆け昇ろうとしていた。
クリスレイという咬ませ犬がいなければ、ここまでのアピールには繋がらなかったに違いない。
それを全て、意図して演出したというのなら……!
「……随分と下卑たやり方だ」
私は吐き捨てた。
「道理で金ずくの品のない連中が、スーパースターを自称しているわけだ」
「この世界は綺麗ごとじゃあないわ。一握りの選ばれしもののために他の全てが犠牲になる。そうしなければ、誰も輝けない」
きっぱりと女は言い切った。
そして舞台に目をやる。栄光と闇が交差する魔性の世界に。
「人ならざる者の領域……モンスターゾーンと人は呼ぶわ」
銀幕の夜空を見つめる彼女の瞳は真っ直ぐで、しかし昏い混沌に溺れる恍惚の光を灯していた。
「自分以外の全てを養分にして、星は輝き、花は咲くのよ」
「俗悪と虚飾の花をか。下らん」
舞台に目をやれば、つい先ほどまで醜悪なヤジを飛ばしていた観衆が、今は瞳を輝かせてラスタの舞を賛美していた。モンスターゾーンとはよく言った!
「フフ……」
耳をうつのはいつもの悪戯めいた微笑。瞳は少しも笑っていない。私は彼女に背を向けた。
「堅物の魔法戦士さんには、お気に召さなかったかしら」
「当然だ。もっとも……」
と、私はちらりと振り返り、精いっぱいの皮肉な笑みを浮かべた。
「貴女が役者でなければ、の話だが」
「あら」
サルバリータの瞳が一瞬、丸くなった。私は目をそらして続けた。
「サルバリータと言えば往年の名女優だ。特に悪女の役は、はまり役だったそうだな?」
「……古い話を知ってるのね」
サルバリータは私の隣に並ぶ。その瞳は、先ほどとは違う場所を見つめているように見える。
「でも今ではとっくに枯れ葉。歌も演技もからっきし。もう、おばちゃんだしね」
「……そういうことにしておこうか。雇い主殿」
もし彼女が、弟子のためにあえて非情な台詞を口にしたのだとしたら……さて、正解は何だ? リルリラとラスターシャに目を向ける。
他者を踏みにじる覚悟をもって前に進むのか、それとも……。
「バックダンサーさん、次、出番よ!」
と、私を呼ぶ声が聞こえた。私も行かねばならない。サルバリータが腕組みのまま手首を振った。
彼女の言葉をどう捉えるかは置いておくとして、一つだけ同意できることがある。
ショウ・マスト・ゴー・オン。
まずはやり遂げてから、だ。
舞台に立つと、そこは星辰の世界。
私は六等星となって密やかにスターを引き立てる。
ヒートウェイヴが巻き起こる。
劇場を包む熱狂の渦が、今は恐ろしい狂気の渦に思えた。