無事に……と、言うべきかどうか。
ともかく、メギストリス・コスモダンシングショーは終了した。
人々は彗星のごとく現れたニューヒロイン、ラスターシャの名を連呼し、報道関係者が彼女の元に押しかけた。困り顔で応対する彼女を遠くから見守るサルバリータは、満足げな表情だった。
計算通り、か。私は不機嫌な顔であたりを見回した。
視界の端に見えたのは小柄なエルフの姿。リルリラは舞台が終わるや、真っ先にクリスレイの元に駆け付け、ふさぎ込む彼女を力づけていた。
魔性の領域……サルバリータの言葉が、まだ私の耳に残っている。そこに踏み込むのがスーパースターの道だとしたら、あの子は根っからの僧侶なのかもしれない。
「あーあ」
と大袈裟にため息をつく声が一つ。振りかえると、なんとプレシアンナだ。
涙をぬぐい、立ち上がるクリスレイと、その肩をがっしりつかんだエルフの姿に侮蔑の視線を投げかけ、彼女は大きく肩をすくめた。
「ああいうの、嫌いなのよね。青春ごっこの慰め合いで満足しちゃってさ……」
私はまたも顔をしかめた。だが、スーパースターは脇役の顔色など歯牙にもかけない。彼女の視線は常に、自分と同じ高さにいるものにだけ、注がれているのだ。
ようやくファンの群れから抜け出してきたラスターシャの肩に軽く手をかけ、プレシアンナは酷薄な笑みを浮かべた。
「貴女は、ああいう暑苦しい連中とは違うわよね、ラスターシャ」
ラスタは一瞬、戸惑ったようだった。
「見てたわよ、舞台。凄かったじゃない」
構わず、プレシアンナは続ける。
「感じなかったとは言わせないわ。あの子に罵声を浴びせた観客が、貴女には万雷の拍手を送る。その実感」
耳元で囁く。プレシアンナはラスターシャの形良い顎に細い指を這わせ、上目遣いに彼女を覗き込んだ。
「自分が勝者だってこと、全身で感じてたハズでしょ」
ラスターシャはこわばった表情でその腕をつかみ、遠ざけた。プレシアンナは金髪を揺らして笑うと、腕を組み、挑発的な視線を投げかけた。
「ひょっとして、恥じてるのかしら。こみ上げてきた優越感を……。良心の呵責、って奴?」
「さあ、知らないわね!」
とげとげしくラスターシャは跳ね除けた。だがトップスターは動じる気配すら見せない。
「だとしたら、捨てなさい、そんなもの。捨てなければ、たどり着けない世界がある」
「……モンスター・ゾーン……」
ラスターシャの言葉に肯定的な笑みを返すと、プレシアンナは一瞬、瞳を閉じた。
次に彼女が目を開けた時、その瞳に宿っていたのは、あの時のサルバリータと同じ、昏く深い光だった。
「悪魔に魂を売り渡したっていい。私はもっと上を目指すわ」
その視線はスクリーンの星の、さらに上へ。天を見上げて、どこまでも高く。
そして彼女は、刺し貫くような鋭い眼光を、劇場の新星に叩きつけた。
「あなたはどうなの、ラスターシャ」
ラスターシャは、鬼気迫る視線を正面から受け止めたまま、しばし静寂を保った。
切れ長の瞳は穏やかな水面のように静かに、激流を受け流す。
そして、夢がそうであるように、見ている者がそうと意識することもできないほど静かな仕草で両手を上げた。
そして一転! 流麗な動作で見事なターンを決め、美しい舞踊の型を披露する。静から動へ。そして再び、静寂。さしものプレシアンナも舌を巻いた。
私を含め、周囲のもの全てが言葉を失う中、ラスターシャは静かに言った。
「踊り子の舞は汚れを祓い、魔を退ける神の舞」
そして、微笑み。
「……私が悪魔になるわけには、いかないわね」
「そう……残念だわ」
プレシアンナは瞳を閉じ、首を振った。
狭き道をゆく者は皆すべからくして孤独を抱えているという。
その孤独を癒すのは、同じ道を歩むライバルだけなのだろうか。
去っていくプレシアンナの背中は、どこか小さく見えた。