あのコスモダンシングショーからひと月。
サルバリータの劇団は再び、大きな舞台に向けて稽古に励んでいた。
「ああ~、私は誰。私はだあれ。私は私が分からない」
大仰な節をつけて台詞を読み上げるのはリルリラだ。お世辞にも上手い演技とは言えないのだが、本人はご満悦である。
「これは悲劇、それとも喜劇なのかちら」
台詞の最後で盛大に噛んだ。顔を赤らめる。
「……かしら!」
言い直した。周囲から笑いがこぼれた。
「喜劇以外の何物でもないな」
「むうー」
エルフは赤らめた頬を膨らませた。その姿がまた笑いを誘う。悲劇のヒロインには実に不向きな人材である。
「そもそも、主役の台詞じゃあないのか、それは」
「いいじゃない、夢見たって。"夢の祭典"なんだし」
「夢、ねえ……」
夢を見せる側が夢見がちでは、舞台は成り立たないのだが……。
次の舞台は、王の失踪に沈む王国を力づけるため、国王代理が自ら各劇団に掛け合って実現させたチャリティショー。名付けてプクランド・ビッグカーニバル。
劇団の垣根を超えて、数多のスターが共演する"夢の祭典"である。
サルバリータの劇団にもオファーが届き、他劇団に所属する役者たちと共同で大規模な舞台を作り上げることとなった。
私は劇団の一員としてこの仕事に臨む一方、魔法戦士としても警護の仕事を依頼されている。不要なトラブルが起きぬよう、内側から監視せよというわけだ。
とはいえ、せいぜい過激なファンの押しかけを追い返す程度の仕事。そうそう問題が起きることはあるまいと高をくくっていた。
思えば、それが大きな間違いだった。
表向きはきらびやかな"夢の祭典"だが、各劇団のスターが共演するとなれば、それすなわち競演を意味する。
ライバル意識をむき出しにした劇団同士の小競り合いが、今日もどこかで行われているのだ。
そう、どこかで。
まさに我々が冗談を言い合っていた稽古場でも、それは行われていたのである。