「パッとしないのよね~」
プレシアンナは剣の先をくるくると回しながらため息をついた。その吐息にかき乱されたかのように、稽古場の空気がどよめく。
今回の演目は彼女の得意とするミュージカル劇。それも劇中に活劇まで絡めた本格的な娯楽作品である。
あらすじは、こうだ。
剣の道を極めることを夢見て、日々剣術試合に明け暮れる若き剣士ルシャン。彼はある日、美しい女剣士エリシアと出会う。
女ながら剣の道に生きるエリシア。同じ志を持つ者同士、共に夢を追いかけようと二人は誓い合う。
彼らの関係が同志から男女の仲へと変わるに、そう時間はかからなかった。
幸せな日々を過ごす二人だったが、ルシャンはその恋に溺れ、徐々に剣士としての夢を忘れていく。
一方、エリシアはあくまでも誓い合った夢の通りに剣士として上を目指し続ける。
二人の気持ちはすれ違い、やがて破局が訪れる。
その後、エリシアは剣術試合で名声を得て、王に召し抱えられる。
出世街道をゆく彼女だが、ルシャンとの別離以来、頑なに剣だけを求め、他者に興味を示さなくなってしまった彼女は次第に王宮で孤立していく。
孤独の中でルシャンとの日々を懐かしむエリシア。だが、今更昔には戻れない。
一方、恋に破れた上、剣の修業もおろそかにしていたルシャンは落ちぶれてうだつの上がらない日々を送るが、あるきっかけから一念発起し剣を取り、表舞台へと舞い戻る。
そして剣術大会で敵同士として剣を振るうことになるルシャンとエリシア。
この愛憎入り乱れた剣の舞が物語の最大の見せ場となるのだが……
「あなたじゃ、ルシャン役は無理ね」
プレシアンナは鼻で笑った。
つい先ほどまで、彼女の相手を務めていた役者は屈辱に震えながら床を見つめていた。
ルシャン役の有力候補されていた役者だが……女性である。
これはトレジャー・ドゥーカと呼ばれる手法で、メギストリスでは伝統的に、一部の演目では女優が男装して男主人公を演じることになっているのだ。
エリシア役は一番人気のプレシアンナとほぼ確定している。
彼女の剣舞についていける者が、すなわちルシャン役の資格を得るというわけだ。
「本気で踊れる相手、いないのかしら」
ちらりと彼女は稽古場の隅に視線をやった。ラスターシャだ。意中の人、ということか。
だが、一瞬の沈黙の後、ラスタより先に、名乗りを上げる声があった。
「あたいが挑戦させてもらうわ」
「先輩……」
剣を抜き放ち、進み出たのはクリスレイである。
リルリラの不安げな視線を、彼女は力強い笑みで制した。
あの失態からひと月、ようやく平静を取り戻したらしい彼女は強い意志を秘めてラスターシャを、そしてプレシアンナを見つめた。
「誰かと思えば、赤っ恥のクリスさんじゃない」
プレシアンナは白けた表情でそれを受け流した。
「私の舞台で、あんな恥さらしは御免なんだけど?」
「もうあの時のアタイじゃないわ。二度と失敗はしない!」
クリスレイは剣術試合に臨む剣士そのもののように剣を胸の前に掲げた。剣身に映るのは燃える瞳。
「フン……お熱いのがお好き、らしいけど……」
一方、剣の切っ先をクリスレイに向けたプレシアンナの目は、怖気がするほど冷たかった。
「才能の差って、埋まらないものなのよ」
「才能なんて結果論、ってのがアタイの持論なのよ」
互いに剣を構える。稽古場の空気が張り詰めていくのが分かった。
無論、本物の剣ではない。演技用に刃を丸めて軽量化した模造品である。
だが、互いに踊りながら金属の棒を振り回す以上、それが安全という意味にはならないのだ。
止めるべきか……警護役として一瞬、そう思ったものの、これは私闘の類ではなく、あくまで舞の稽古だ。それを止める権利は一介の警護役にはない。
いつの間にか、静寂が周囲を支配していた。
二人が静かに剣を重ねると、金属同士が触れ合う冷たい音がした。
剣舞の開始を告げる合図である。