クリスレイの舞は、私の目から見ても見事なものに見えた。繊細にして華麗。剣の描く銀色の軌跡が彼女を包む光となって舞を引き立てる。
他方、プレシアンナは苛烈とも思える激しい舞でクリスレイを攻め立てる。野生の獣を思わせる攻撃的な剣舞だった。
最初のうち、それは見事な対比を描いて見る者を魅了した。静と動の剣舞が絡み合い、美しい空間を演出する。
だが、舞がいよいよクライマックスに突入しようとした頃、その美しい歯車は、非情にも軋みを生じ始めていた。
「先輩……!」
リルリラが掠れるような声を上げた。
クリスレイの表情に焦りが見える。息が乱れる。明らかに、プレシアンナの舞についていけなくなっているのだ。
プレシアンナは恍惚の表情を浮かべたまま、複雑なステップを踏み、猛スピードで身を翻す。そのスピードが剣に乗り、空を切り裂く。
クリスレイは剣を絡ませながら同じくステップを踏んでいく。だが、あまりの速度に足をもつれさせる。
「いかんッ!」
私はたまらず飛び出した。だが……こののろまな魔法戦士め! その動きは一歩も二歩も遅かった!
弧を描いて足元を薙ぐプレシアンナの剣。颯爽と宙返りでかわすはずのクリスレイは動けない。
鮮血が飛び散る。悲鳴!
プレシアンナは崩れ落ちるクリスレイを一顧だにせず優雅に身を翻し、床を蹴る。
フィニッシュだ。宙に舞い、斬り下ろしの一撃を放つ。相方がそれを寸前でかわし、ともにポーズを決めるのが本来の筋書きだ。
だが……
プレシアンナの眼が、眼下に倒れるクリスレイの姿を映し、鮮烈な色に染まった。
「先輩ッ!」
弾丸のように飛び出したのはリルリラだった。彼女は覆いかぶさるようにクリスレイに抱き付いた。
白刃が迫る。
「チィッ!」
私はすんでのところで追いつくと、プレシアンナの手元に手刀を振り上げた。紙一重の差で、剣は振り下ろされることなく宙を舞うことになった。
銀色の獰猛な光を放ちながら剣は地に落ちた。
乾いた音が響く。
プレシアンナは、それと同じ光を宿した瞳で私を睨みつける。私もまた、彼女を睨み返した。
背後ではリルリラがクリスレイを寝かし、治癒の呪文を唱え始めていた。
「リラ、容体は」
「大丈夫、すぐ治すから!」
言葉とは裏腹に、声には焦りの色がある。相当の重傷と考えるべきだろう。
プレシアンナは剣を拾うと、それを手元で軽く揺らした。鮮血をはらんだ銀色の光がゆらゆらと、妖しく揺らめく。不意に私の脳裏に浮かんだイメージは、闇に揺れる空中ブランコだった。
誰かの言葉がよみがえる。危険な空中遊戯の末、一人はブランコから落ち、もう一人はブランコの上に残ったのだ。
だが今、空中から敗者を見下ろす彼女に注がれる眼差しは、称賛でも羨望でもなかった。
「……プレシアンナ!」
怒気をはらんだ私の声に、彼女は心底うんざりした様子でため息をつき、大きく肩をすくめた。
「酷いじゃない、あなた。暴力を振るうなんて最低だわ」
手首をさすりながら恨みがましい視線を送ってくる。
「わかってないようだから教えてあげるけど、私は完璧な剣舞を見せてあげただけよ。ミスしたのはそこの三流ダンサー」
「そんなことはわかっている!」
私は怒鳴り散らし、言葉を遮った。
「その後だ! 何故剣を止めなかった。気付いていた筈だろう!」
「どうして、止める必要があったのかしら」
詰め寄る私をさらりとかわすと、彼女は冷たい瞳で倒れたクリスレイを一瞥した。
「私は完璧なダンスを最後まで演じるだけ。ついてこられないその子がどうなろうと自業自得よ」
「わかっていて、わざと振り下ろしたんだな?」
「しつこいわね」
彼女は剣先に、ツ……と指を這わせた。指先に鮮血が絡みつく。その顔には、愉悦の表情すら浮かんでいた。
「この血は、その子が私についてこられなかった証拠。私の勝利の証よ」
赤く染まった爪を口元に合わせ、舌で舐めとるその姿はゾッとするほど美しく、おぞましい。
モンスターゾーンとサルバリータが呼んだ、その領域に間違いなく足を踏み入れた女の姿だった。