清潔さと古臭さが同居する、広くて狭い空間。天井から釣られたランプが照らし出すのは、モノトーンのタイルだけではない。
メギストリスの大図書館。重厚な本棚に並べられた無数の背表紙が、照明の光を跳ね返し、己の名前を主張する。
書物とは、限りある人の記憶を記録する装置である。やがて薄れ、消えていくはずの言葉は、書き記されることで永遠になる。
栄光、繁栄、歓喜。そして挫折と悲しみ、罪さえも。ひとたび書き記されたが最後、二度と消えることのない歴史として永遠に刻まれるのである。
それは残酷なことかもしれなかった。
あの事故……いや、事件からしばらくたったある日、私はこの図書館を訪ねていた。
今ではもう手に入らないような、古い雑誌が目当てだった。
「その時代の話だったら、このあたりだね」
「ありがとう、ミモリー」
司書のミモリーに案内され、手に取った雑誌の表紙には、サルバリータの笑顔が踊っていた。今よりも大分若い。
プレシアンナが現れるまで、劇場の女王と呼ばれていたサルバリータの全盛期の記事だ。
その絶頂期からわずか数か月後、表紙を飾るのは少女時代のプレシアンナ。
新星プレシアンナに危機感を覚えたサルバリータは過激なアクロバット演技で話題を集めようとするが、無理が祟ったか、怪我により役者生命を断たれる。
その後、彼女は指導者側に回り、プレシアンナを超えるスターを育てることを決意した。
彼女がとった何人かの弟子の名前の中に、クリスレイという文字も混ざっていた。
ぱたりと本を閉じ、私は天井を見上げた。無機質なランプが、無表情に本棚を見下ろしていた。
リルリラの懸命の治療の甲斐もあり、クリスレイの容体は快方に向かっている。ラスターシャが教えてくれた踊り子たちの秘薬、カイユの葉もこれを大いに助けた。
運のよいことに、このメギストリスからそう遠くないエピステーサ丘陵がカイユの原産地である。私もドルボードを飛ばし、治療に一役買わせてもらった。
秘薬の効き目は抜群で、普通に歩くくらいならば既に問題ないそうだ。よい方向に向かっている。医者はそう言っていた。
だが、それはあくまで日常生活に支障のない範囲で、という話である。
もう一度踊れるかどうか、という観点で見れば、話は全く別なのだ。
「最悪、これで引退になる可能性もあるって……」
無力感に項垂れるリルリラの、握った拳が震えていた。
プレシアンナを超えるスターを育ててみせる。古雑誌の中のサルバリータは、鬼気迫る表情でそう語っていた。
その執念が、何を生んだのか。
……その答えも、いずれ歴史になるのだろう。