古びた扉を竜の爪ががっしりと掴み、守っている。
その姿は、この先が禁忌の地であることを無言のまま強烈に伝えていた。
これは竜神ナドラガの手なのだろうか。それとも、楽園に住むという悪魔のそれなのか……?
カーラモーラを出発した我々は"解放者"と少年を追い、"楽園"へと通じる扉へとやってきた。
楽園といえば、"世界の真ん中に立つ塔は、楽園へと続いているという"……という出だしから始まる英雄叙事詩「魔界塔士」が有名である。
あの物語では、神は人の運命を弄ぶ存在として描かれていたが、奇しくもこの扉も、神の建造物だ。
果たして地神ワギとは、いかなる神なのか。
"楽園を目指す者は、神に背く者"……こちらは、カーラモーラに伝わる伝承の一節である。
この扉と伝承を巡って、面白い謎かけが存在したらしいのだが、カーラモーラの聡明な少年が、先に謎を解いてしまったようだ。
できれば、私に解かせてもらいたかった。この手の謎かけは大好物なのだが。
まあ、愚痴っていても仕方がない。
掌を押し当てると、音も無く扉は開かれた。
扉の奥から溢れ出した光景に、私は一瞬、眩暈を覚えた。
暗い岩肌と神秘的な発光苔の支配する世界から一転、そこにあったのは金属と幾何学的模様の世界だった。奥に続く道はなく、小部屋一つで行き止まりのようだ。
機械的な光を放つスイッチ類は、やはり、というべきか。ドワチャッカ大陸で見られる"神カラクリ"とよく似ている。
早速、ジスカルドが調査を開始した。機械のことは彼に任せておけば間違いない。
「どうやらこの部屋全体がエレベータになっているようですね」
R・ジスカルドは素早く分析を終えた。
「上昇可能なようです。行きますか?」
私は頷いた。
ややあって、足元に微かに揺れを感じる。小部屋は静かに、急激に上昇していった。
"楽園"へと向かう、長い上昇音。薄暗かった部屋に、徐々に光が差し込み始める。
耳鳴りを感じるほどの高度を登り切った時、部屋は真っ白な光に満たされていた。
久方ぶりの感覚だ。闇の領界には決して存在しない光のシャワーを浴び、私は眩暈さえ感じた。
この分だと、初めて光を浴びるであろう竜族の少年は相当参っているのではないだろうか。
「その可能性もあります。しかしミラージュ。もっと早急に確認すべきことがあるようです」
言うが早いが、ジスカルドは昇降機の扉を乱暴に押し開けた。
「どうした、ジスカルド……!!」
私は一瞬、戸惑った。が、外から流れ込んでくる音が耳をついた時、私は彼の言っていることを理解した。
鋼の打ち合うカン高い音。空気を焦がす炎の爆音。そして悲鳴。
誰かが戦っている!
「加勢するぞ、ジスカルド!」
「勿論です」
我々は雪崩を打つように扉に押しかけた。
待ってたのは、白い雲と細い雨。
そして凶暴な笑みを浮かべる、悪魔の姿だった。