女の身長は、俺の頭一つ下くらい。年齢も見た限りでは、俺と大して変わらないように見える。目立ちも整っており、美人と言って差し支えないだろう。
ただ、そういう(ある意味では)平凡ないで立ちとは正反対に、まとっている空気は、まず日常生活ではお目にかかれないほど重かった。まるで、凶悪な魔物と相対した戦士であるかのような。
たった一言聞いただけで、俺の心臓が破れ鐘を叩くように、不自然なほど狼狽し始めた。この女と話すときはいつもこうだ。
いつまで経っても、自分の命を握っている奴との会話には慣れない。
「あれ?おねーさまじゃないですか!珍しい時間帯にお会いしましたねぇ~。お散歩ですかぁ?」
ただ、俺はそういう場面こそ、軽快に軽妙に、調子外れに話すことにしている。恐れ以上に、俺はこの女に恨みを抱いている。怖がっているなんて悟られるくらいなら、俺は今すぐにでも自殺する。
「こんな夜更けに酒飲んで、随分いいご身分になったみたいじゃないか~。用心棒家業は順調ってとこか、はっは」
「いやー、その通りなんですよ!この間、具合よく金払いのいい貴族の方の護衛に当たりましてね?10万くらいね…」
「嘘だな。あんた如き傭兵のはみ出しもんを雇う貴族がいるわけない」
一発で見抜れた。『嘘だな』の下り以下をしゃべる口調は、ものすごく冷たかった。必然、口をつぐまざるを得ない。
「まあ、お前の体の傷のつき方を見るに、用心棒家業があったのは本当だろうねえ。どうせ、辺境に素材を買い付けにいくケチな商人の護衛にあたったってところだろう。給金はせいぜい3~4万くらい。確かにしばらくの食費には困らんだろうけど、あくまで食費止まりだねえ」
9割正解だ。ただし、魔物を打ち漏らして、雇い主に『ちょっと』かすり傷を負わせたというヘマをやらかしたので、お給料は半分の2万になったけど。
しかし、相変わらずの勘の冴えわたり方だ。金勘定でやり合うにはあまりに分が悪い。
可能なら、敵に回したくない。もう手遅れだがな。
「なはは…ひ、酷いなあ、そこまで散々な目にあってる訳ないじゃないですか!」
「そうかあ?図星って顔してたけど」
顔に出ちまってたか。こりゃどうしようもないな。早く帰りたい。
「いやーおねーさまには敵わないなあ!ではこれで!」
「おいおい、何逃げようとしてんだよ?」
どうにかこの場を逃げ出そうと、もと来た道を翻って戻ろうとしたとき、女が素早く近づいてきて、後ろから右肩を掴まれた。肩にかかる女の右手から、『がしっ』という擬音語がはっきり聞こえた。女、それもウェディの細腕のものとは思えない握力の強さだ。全く振りほどけない。
一瞬、息を飲みかけたが、どうにかこらえた。ただでも負け戦なのに、余計にからかいの材料を与えたくない。
「ヒヒッ」
しかし、そんな俺の心情もお見通しだと言わんばかりに、女は低く笑った。そして俺の右肩を掴んだまま左方に回り、肩を組む恰好をとった。向こうの方が背が低いから、俺は少し前かがみにならざるを得なかった。
横目で見た、見とれそうな美人顔に、悪そうな笑顔が宿った。
そのままの姿勢で、女は道を歩き始めた。「一緒に歩け」ということらしい。俺も歩き始めたところで、耳打ちするように、女がまた話し始めた。
「だからさ少年、ちんたらしていて困るのは自分なんだぜ?あんたが滞納している3億ゴールド、一体いつになったら返してもらえるのかな~?」
俺がこの女を恐れる主な原因こそこれだ。彼女は、俺が背負っている借金の債権者なのだ。
かつて俺は、やむを得ぬ事情があって、所謂「闇金」と関わることになり、3億とちょっとという、底辺の冒険者からしたら膨大な借金を抱えてしまった。
つまり、この女は借金の取立人なのだ。
笑顔を浮かべながらものすごいプレッシャーを懸けてくる女に対し、苦し紛れに
「えっ、あ、あはは…いつでしょうねえ…?…え~っと…そ、その、今新事業始めようとしてましてね!それが成功した暁に…」
と精一杯のホラを吹いたが、
「ふざけてんのか?」
という極寒の一言で一蹴された。
「魔物密猟、麻薬密輸、その他諸々の悪事が実行した途端に大失敗して、方々に大打撃を与える、壊滅的商売センスのあんたが新事業…?言うんだったら、もっと面白い冗談を言えよ」
「…ええ、ええ、はい…」
冗談のハードルが高い。
(続き http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4194696/)