側溝を奥まで進むと、そこには酒場のような空間が広がっていた。地上のガタラの酒場の半分くらいの大きさだが、山の中だと思えばかなり広い。壁には掲示板が貼ってあり、同じような大きさの紙が何枚も貼られていた。
この酒場もどきの空間に数台置かれたテーブルの一つに、オーガの男が座っていた。一般的なオーガの成人男性の例に漏れず、屈強・背高。ジャケットにテンガロンハットと、昔のフロンティア歌劇にでも出てきそうないで立ちのおっさんだった。俺から見てもキザったらしい恰好である。
そのおっさん―――「裏クエスト屋」の主人は、俺を見て、口をニカッと開いて、剛毅な笑顔を浮かべた。石でもかみ砕けそうな歯が並んでいる。
「やあ、少年。そろそろ来る時期だと思ってたよ。今回はどういう無理難題をご所望なんだい?」
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「裏クエスト屋」とは何ぞや、と言っても、これを読んでいる冒険者なら、字面で大体わかるだろう。
市井の厄介ごとや問題課題の解決を、報酬を約束した上で、その道のプロやフリーの腕利きに頼む行為が「クエスト」だが、このクエストを大量に斡旋しているのが「クエスト屋」。
で、『ちょっぴり』やばい類のクエスト、例えば『麻薬などの違法な製品の運び屋』『希少な魔物や植物の密猟・採取』などを専門に斡旋しているのが「裏クエスト屋」である。
身の安全が保障されない代わりに、報酬は通常ルートで発注されるクエスト(所謂『表』のクエスト)の数倍~数十倍。つまり、めちゃくちゃ稼げる。
今どきの冒険者は、魔物との命のやり取りを日常的に行なっており、その意味では『身の安全の保証がない』くらいのリスクなど今更である。
よって、若干「開き直った」類の冒険者が、一攫千金を狙って「裏クエスト屋」の扉を叩くのである。
まあ、受けるクエストによっては『命の保証』以上のリスクが降りかかってきたりして、実態まるっきりいいことはないのだが。
よっぽど人生が切羽詰まってたり、「魔物との闘い以上のスリルを味わいたい」とかでなければ、「裏クエスト屋」とは関わり合いにならないほうがいい。
俺はというと、「人生が切羽詰まってる」のと「開き直ってる」の両方の条件を満たしているから、ここ2年は平気で出入りしている。
良い子のみんなは、俺のような大人になってはいけない。
(…あ、一応まだ未成年だからな。おっさんとは呼んでくれるな)
そして、俺の目の前にいるこのオーガのおっさんが「裏クエスト屋」の店主というわけだ。
もっとも、「裏クエスト屋」は別に、ここガタラズスラムだけにあるというわけではなく、色々な街に点在しているらしい。スラム街がなくとも、「裏クエスト屋」のような闇商店を開く手段はある、ということらしかった。俺もガタラズスラムの店舗以外を見たことはないので、実際のところはわからない。
ただ、「ガタラズスラムの裏クエスト屋の主人」と言えば、その道ではそれなりの有名人なんだそうだ。この裏クエスト屋以外にも闇市での買い付け代行とか、主に裏取引を専門に、色々な「事業」を手を出して、結構な成功を収めてるとかなんとか。ただし、この辺は全て店主自身の弁なので、眉に唾を付けて聞くのがちょうどよいと思う。
取りあえず、胡散臭い人物には違いないが、俺にとっては「稼げる仕事を紹介してくれる人」程度で、十分関わる価値はある。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4291851/)