翌日、俺はグレン城から南へ下り、ゲルト海峡からランドンフットを通って、ゴズ渓谷へ向かってドルボートを走らせた。
俺が採取しなければならない『いやしの雪中花』とは、オーグリード大陸の南側、年中雪で覆われているゴズ渓谷にのみ自生している植物である。ゴズ渓谷の中心にそびえる大雪柱、その中腹あたりに、目的の花が生えているらしい。
花が生えるということは、その大雪柱は雪や氷だけで出来ているのではなく、植物が根を張れる『土台』の上に形成されている訳だ。
万年雪の床にある以上、植物は多少なりとも気温の上がる春や夏にしか成長しないだろう。つまり、温暖な気候の土地と比べて、植物の成長はずっと時間がかかるはずだ。『いやしの雪中花』が数年に一度しか開花しないというのも、恐らくその辺に事情があるんだろう。
成長が遅くて数が希少、しかも薬草として効果は上々とあったら、用が無くても色々な奴から狙われるのは必然。
魔物がある程度強い土地にある以上、狙う奴はそれなりに腕も立たないといけないから、多少は競争相手は少ないだろう。しかし、あまりのんびりもしていられない。
そんなわけで、裏クエスト屋でクエスト受領契約を結んだあと(この際なので、他にもいくつかのクエストを受領していた。いちいち戻ってクエストを探すのも面倒だから)、少々の準備の後、すぐにオーグリード大陸行の列車へ乗って、朝早くからグレン駅へ到着。その足でゴズ渓谷へ出発して、現在に至るというわけである。
準備というのは、通常種の薬草とかの種々道具の他に、防寒具を買う手間のことだ。
普段、とこなつのハッピばかり着ているので、流石にこのままゴズ渓谷に行ったら、クエストの前に凍え死ぬと判断しての購入だ。
値段は手袋・上着・下着・帽子・靴合わせて金10万ゴールドなり。雪山用でもない、街行のおしゃれな奴なのに、なぜいっぱしの武器と同程度の値段なのか、常々疑問に思う。
ちなみに、初日に「借金取り」に傷を見られたのは、俺がハッピを装備して腹部を露出していたためである。
仕事があるとき・ないとき問わず、俺は黒っぽく染色したはやてのバンダナととこなつのハッピ、カンフーズボンに草履と腕輪、締めにサングラスをかける、といういで立ちで通している。パッと見、完全なチンピラである。
読者諸賢、「気持ち悪い」と思うか?
しかし、俺は防具としての機能性よりは、自分の美意識を優先する。そのくらいしか贅沢の余地が無いのである。
このくらいの悪ふざけは許してほしい。
話を戻そう。
オーグリード大陸のグレン城は、北側と南側を2つの山脈に挟まれている。北側がオーグリード山脈、南側がランドン山脈と言い、いずれも大陸屈指の寒冷地帯だ。ランドン山脈のふもとには、ランドンフットという小さな岩石地帯があり、このランドンフットからさらに南へ下るとガートラント領に入る。そして、ランドンフットとガートラント領の境目のすぐ近くに、雪に覆われたゴズ渓谷が位置している。
魔物というのは、寒冷地に住んでいるものほど戦闘力を増す傾向にある。グレン城からの移民が住んでいる北部はまだしも魔物は弱いのだが、反対側の南の寒冷地は魔物も手ごわくなる。一線級の冒険者ならいざ知らず、武器の調達にも四苦八苦する貧乏冒険者にとって、やっすい装備で挑むようなところではない。俺だって、こんな状況でなければ近づきたい場所ではないが、今回はそうも言っていられない。
ゲルト海峡の暗い洞窟を抜け、ランドンフットへ入り、南へ下っていくほど、徐々に寒さが厳しくなっていった。岩だらけの土地ばかり見ているのも相まって、俺の気分は憂鬱になっていく。自分で選んだ仕事なのに、「なぜ俺はこんな寒い場所に行かねばならないんだろうか」と気分は落ち込んでいった。
憂鬱になってばかりもいられないので、道中はめぼしい素材を片っ端から拾っていった。暇さえあれば金策のことばかり考えねば、とてもやっていられない。
内容はと言えば、大半は鉄鉱石や銅鉱石、たまに銀鉱石も拾った。他にはサバンナウッドやカチコチくるみといった植物。極まれに人気素材であるオグリドホーンも拾えた。
鉱石系は武器職人に入り用だから、まず需要は尽きない安定した素材。オグリドホーンも用途はよくわからんが、なぜか高値で売れる。
まあ、悪い内訳ではないが、拾っていてもいまいち面白味はない。どうせなら、一発逆転的な、目も覚めるようなお宝が欲しい。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4337449/)