お、口を開いた。氷のブレスとか火炎放射とか、ドラゴンお約束の強烈な攻撃をかまそうっていうのか、と俺が思ったあたりで、その相手は、もっと原始的な、これまたお約束な行動に出た。
咆哮である。自分の自慢の体を傷物にした誰かに対するものか、あるいはただの八つ当たりかもわからない、ありったけの怒りを込めて、カイザードラゴンは思いっきり叫んだ。
ドラゴンキッズなんかが出す「ゴアー」とか可愛げのある獣声じゃない、本物の竜の咆哮(ドラゴンロアー)だ。
まともに聞いたら鼓膜が吹っ飛ぶんじゃないかと思って、聞こえ始めからすぐ耳を覆ってしまったので、正確な発音はわからないが、少なくとも俺の耳には、
「ングッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
という、でたらめな言葉に聞こえた。
多分こいつ、声か視線だけで人間を粉みじんに出来てしまう。そんな感じの咆哮を、俺は自分の手越しに聞いた。
咆哮を終えた後すぐ、カイザードラゴンは俺の方に向かってきた。そして右腕をアッパーカット気味に振りかぶってきた。
この時点で、俺は奴の攻撃を避ける術がないことに気付いていた。
相手の腕は数メートル、この狭い道で横に開いただけで、あっさりと道幅が埋まってしまう。大ぶりの攻撃だから、このアッパーカットを避けること自体は可能だ。ただ、そのあとが続かない。カイザードラゴンの懐に入り込んで、再び走り出すまでの間に、あの強靭な足で蹴りを入れられてしまう。そうなったら即死である。
だから、この場合はアッパーカットを上手く受け流し、その後の追撃を避ける工夫をしなきゃならなかった。
この緊張感溢れる戦闘は、大体十数秒くらいで終わった。
その間、俺が取った行動は2つだけ。
1個目に、左手でホワイトバックラ―を突き出したこと。これは、カイザードラゴンのアッパーカットを防ぐという目的もあるが、本当の狙いは他にある。
俺の持つホワイトバックラ―の表面には、「まだらくも糸」をびっしりと貼りつけていた。通常は相手を地面に張り付けにする、あの猛烈にベタベタする道具だ。この盾を触ろうものなら、手が盾にぴったりくっついて、引きはがすのに相当苦労するという代物である。
俺はこの盾(「トリモチシールド」と呼んでる)を、相手のアッパーカットがヒットする瞬間に突き出した。
相手は推定レベル差が30もあるバケモノだ。まともに攻撃を喰らったら、例え盾を挟んでいたって死んでしまう。だから、アッパーカットがスピードに乗る前に、俺はもっと前に出て、カイザードラゴンの前腕あたりの位置に潜り込んでから、アッパーカットを受けた。
アッパーカットが俺の体に当たった瞬間、全身の骨が砕け散るような衝撃を受けた。
普通なら、これで後ろの方向に吹っ飛ばされるのだろうが、今回は違った。トリモチシールドの粘着力により、俺はカイザードラゴンの右前腕に「ひっついた」。そして、アッパーカットを放った右腕が、カイザードラゴンの左肩あたりまで振り上げられるのと一緒に、俺もカイザードラゴンの目線の高さまで持ち上げられたのだ。
ぶっちゃけ怖すぎて、俺はカイザードラゴンの顔の方をまともに見られなかった。だからこの時、カイザードラゴンがどういう表情をしていたのかはわからなかったが、多分びっくりしていたと思う。
で、俺は2個目の行動に出た。カイザードラゴンの右腕に引っ付いた「トリモチシールド」を手放し、アッパーカットの余波の勢いのまま、相手の左肩に乗った。そして、すぐカイザードラゴンの背側に飛び降りた。
飛び降りる直前、俺は自分の左足の裾を広げて、手のひらサイズの陶製の玉を4個くらい、カイザードラゴンの肩に落とした。1個はカイザードラゴンの足元に落ちてしまったが、「発火」するんだったら問題はない。むしろ、この渓谷の気候で、よく湿気らずに保ってくれたもんだ。
俺が受け身をとって地面に着陸した辺りで、それは爆発した。爆煙がカイザードラゴンの顔面を取り囲んだ。
小道具の2個目は「煙玉」だ。効果は…まあ、わかるだろう。シンプルな目つぶしだ。ついでに胡椒も混ぜてるから、目に入ろうものなら大参事である。
俺が上手く受け身を取って、カイザードラゴンを背に全力疾走する中、カイザードラゴンはまた吠えた。色々コケにされたんだから、怒るのも当然だろうけど、残念ながら俺はあれと死闘を演じるような器ではない。この辺で勘弁してもらおう。
こうして、俺はすれすれの命のやり取りを経て、渓谷一の魔物をやり過ごした。
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