「…それで、この土を持って帰ってきたのか」
と、裏クエスト屋の店主は呆気にとられたような顔で言った。
ゴズ渓谷探索の翌日、俺は岳都ガタラの裏クエスト屋まで戻ってきていた。
ゴズ渓谷からグレン城までトンボ返りした時点で、時刻は深夜を回っていた。俺は多少の飯を調達してから、グレン駅に行って深夜便に乗り、そのままガタラまで戻ってきたのである。
ガタラに到着してすぐに裏クエスト屋まで来た俺は、店主に雪中花の採取失敗と、多少の戦利品を見せていた。
戦利品というのは勿論、例の大雪柱の土壌と、そこに生えていた雑草のことだ。こんなものを見せて何になるのかとも思ったが、一応努力の跡を見せて「仕事はやってみましたよ」という証明をしとこうと思い直したのだ。大雪柱の氷も少し拝借してビンに入れておいたが、案の定溶けた。今はビンの中でチャプチャプと音を立てる、普通の水になっている。
(ちなみに、グレン城からゴズ渓谷へ向かう道すがら拾った、鉄鉱石など諸々の素材は、もうバザーへ流してしまった)
現在時刻は午前10時くらい、つい1時間くらい前に列車が到着したばかりだ。一晩寝てもへとへとなのに変わりはないが、気が重い報告はさっさと終わらすに限る。
「…えーっと、『なんで花じゃなくて土くれなんて持って帰って来たのかこの阿呆は』っていう心情も重々承知しているのですが…俺より先に渓谷に入った誰かさんがいましてね…そいつが花を持っていったんじゃないかな~って…」
「『かな~』というあいまいな表現は、つまりそいつが確実に持って行ったという確証はないと」
「状況的に、他に人がいた感じはしなかったんで、そうじゃないかな~って…」
「でも、その誰かさんとは対面はしたわけだ。何とか言いくるめて譲ってもらおうという気はなかったのかい?」
「いやあ…話す間もなく飛び去ってしまったので全然…」
「飛ぶ?」
「いや、何の語弊もなく。ムササビみたいに、大雪柱のてっぺんからサーッて…」
「ふうん…でもまあ、クエストには失敗したわけだ」
と、テーブルに広げられた土をいじりつつ、虫眼鏡で観察しながら、店主は至極当たり前のように言った。
初めっから期待されていなかったような言い草で、俺は内心落ち込んだ。
「借金取り」に取立を申し付けられてから既に3日目である。
幸い、前金100万は既に受け取っているものの、取立金額まで残り300万もある。2日前、この「雪中花採取」のクエストと一緒に、他にもいくらかのクエストを受けているが、そちらの報酬を合わせても結構ぎりぎりだ。もうこれ以上の失敗はできない。
「何にせよ、これで依頼主のベルウッド氏に色よい返事は出来なくなってしまったな…先方も半分は覚悟していたことだろうけど、今後うちに依頼することはないだろうね。依頼料がそれなりに値が張るのに、失敗することもあると来ては、あまり頼りたくはなくなるし。そういう事態に陥ったのは、誰のせいだと思う?」
「…俺です…」
説教が始まった。俺がクエストに失敗したり問題を起こしたりするたび、このおっさんは怒鳴るでもなく、こんな風に「説教」としか言えないような嫌味をかけてくる。
学校の教師かよ。俺はもう独り立ちした冒険者だぞ?子ども扱いすんな。
と面と向かっては言えない。弱みがある手前、反論なんてしようものなら余計に説教が長くなる。
だから、この場は黙って頷きつつやり過ごす。
「君のクエスト中の行動が、つまり僕のお店の評価にも繋がるんだ。失敗して迷惑被るのが君1人じゃなく、他の場所にまで広がるってことを十分に考えて行動してくれと、何回言ったと思う?いつまでもそんなんじゃ、次の仕事は回せないよ?」
「ハイ、スミマセンデシタ、モウシマセン」
「本当に?」
そろそろイライラしてきた。ドラゴンに挑んで左腕折ったのに、なんだよこの扱い。絶対俺が子供だと思ってやってるだろ。俺が「仕事中のヘマは自己責任」って言いきってるあんたに説教される筋合いは本当はないんだぞ?ぶっとばしてやろうか。
と、心の中だけで悪態を突きつつ、どうにか抑える。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4474150/)