店主が木の扉を開けると、そこは雑多としか形容のしようがない部屋だった。
机が何個か並べてあるのだが、そのどれもが何かしらの物で山積みになっていた。
書類の山、本の山、フラスコとかハンマーとか道具類の山…
とてもとても、どこに何があるか覚えきれないんじゃないか…と俺が思っていると、店主はおびただしい数の机に向かっていって、ハンマーとかが並べてある机の前に立った。この机も工具で山積みになっていたが、店主はその山を軽くかき分けただけで、すぐさま目的のものを探し当てたようだ。直ぐに俺のところに戻ってきた。
店主は、入り口脇に置いてあった小さい椅子を俺によこして、自分ももう一個の椅子に座った。
そして、先ほど取り出した何かの物体を片手に持って、
「これは何だと思う?」
と言ってきた。
その工具は、四角いハンマーのような見た目をしていた。柄の真ん中には切れ目が入っており、ハンマーの塊の部分まで続いていた。
おやじはそのハンマーの柄を掴むと、真ん中から二つに「割いた」。別に怪力とかそういう意味ではなく、元々そういう作りの工具なのだ。
武骨な鉄の塊の先っちょに蝶番が付いており、そこを起点に塊が真っ二つに開くようになっているのだ。
そして、ハンマーを開いた真ん中には、底の浅い穴が開いていた。3つ又に割れたような不思議な形だ。穴の内側には筋のように凸凹が出来ており、
全体を見れば葉っぱのような形をしている。
そう、冒険者にとっては常識の、あの世界一有名な大木の葉の形だ。
「これがどういう道具かは、見ればわかるね?『大判焼き』さ。一般的には、カミハルムイのちょっと古臭い甘味処が出してる、あんこを包んだ焼き菓子を作る工具だ」
「いや、なんとなく用途はわかるけど、名称まで知らねえよ」
てっきり、ペンダントとか作るための工具だっていう解説が入ると思ってた。
「…あ、ああ、まさか…そういうこと…?いや、まさか…」
「実はそのまさかなんだよね…ちょっとだけ、さっきの雑草をもらうよ」
と言って、おやじは俺が命がけで採ってきた雑草を手に取り、どこからか取り出したすり鉢へ放り込んだ。そして、すりこぎでごりごりと草をすりつぶしていった。
おっさんはその後も、聖水とかあやしげな液体とか、色々なものをすり鉢へ放り込んでかき混ぜていった。おやじが手を止めたころには、草はすっかり原型を失い、謎のペーストへと変貌していた。
次に、おやじはそのペーストを、例の大判焼きに流し込んだ。そんなに深くない穴に空中で流し込んだら、簡単に流れ落ちてしまうじゃないかと思ったが、意外にもペーストは大判焼きの穴の中に素直に収まっていた。
「この大判焼きは昔々の道具鍛冶ギルドの特注でね、こうやって液体を穴の中に固定したり、挟むだけで中身を焼き固めてくれたりと、菓子作りに必要な一通りの魔法が込められている」
言うや、おやじは大判焼きの2本に割けた柄を引き寄せ、再び一本にくっつけた。すると、ハンマーの亀裂から、まばゆい光が漏れだした。どうやら、穴の中に流し込まれたペーストを焼き固めているらしかった。
「本家本元の大判焼き、純粋に焼き菓子を作るための大判焼きは、本当ならこの工具ごと火にかけなきゃならないんだけど、この大判焼きはそういう手間暇を丸々省略してくれる便利な代物なんだ。
大量生産すればそれはもう大儲けだったろうに、これを作ったかつての道具鍛冶のギルド長は絵に描いたような職人カタギの人物で、『何事もモノづくりは、簡単になり過ぎると人間そのものの能力をすり減らす』と言って、数本しか作らなかった。
その後はどこの誰に頼まれようと、頑として新しい『魔法の大判焼き』を作らなかったんだそうだ。
おかげで僕らの業界じゃ、単なるお菓子作りの工具にしては破格の値段で取引される代物になってしまってね、僕もこの一丁しか手元にない」
まったく勿体無い話だよ、とおっさんは独り言を言った。
「まあ、この一丁こそ、そのギルド長が世界でたった一つしか作らなかった、焼き菓子ならぬ葉っぱを焼く、世にも珍しい『大葉焼き』のオリジナルなんだから、我ながらよく買い付けたもんだ。ライバルの闇商人達を出し抜いて買い付けたときは嬉しかったなあ…」
何か、一人でしたり顔して喜んでやがる。知らねえよ。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4474164/)