「いやー参ったね! 銀行のカギをしまってある場所や仕事の時間聞いてきたときは『わあ、僕の金庫にサプライズプレゼント入れてくれるんだな!』って浮れてたんだけど、まさか翌日に貯金をあらかた持ってっちゃうなんてね!もう何人か彼氏作っては別れてるって聞いてたけど、2ヶ月も付き合ってる彼氏の僕にそんなことをするとは思わなかったよ!まあそんな訳で、今は予想外にも背負ってしまった借金を返すために、こうして野良仕事に精を出しているのさ!」
「予想外でもなんでもねーよそれ。予定調和のごとき計画的犯行だよ」
『個人の金庫のカギを他人に渡してはいけません』という注意喚起を出してる銀行広報課が聞いたら、泣き出しそうなポジティブ思考だ。
「ったく、なんたってこんな阿呆が俺の相方なんだよ。すげー不安になってきた」
「あ、阿呆とは聞き捨てならないな!一体僕がいつ阿呆を晒したというんだい!?」
「たった今だよ!銀行のカギなんて大事なもんの居場所、ぽんぽん他人に教えてんじゃねーよ」
「君、まさか僕の彼女を『他人』なんて括りにまとめようと思っちゃいないだろうね!?とんでもないブジョクだよそれは!僕の彼女とはそれ即ち至宝の存在だよ!マリーヌ様並にやんごとなき僕の彼女に隠し事なんて大それたことは出来るわけがないじゃないか!」
「あ、お前そういう奴?女に全部捧げちゃう奴?俺お前とは絶対気が合わないわ」
「なぁにを憐れむような視線で見てくるんだ君は!!君、彼女を持ったことないな!?あの至宝を腕にぐっと引き寄せる快感を味わったことがないな!?君こそなんてかわいそうな男なんだ!!」
「んぐっ…!!さ、さらっと痛いところをついてくるんじゃねえよてめぇ!!張り倒すぞこのヤロウ!!!」
「やれるものならやってみたまえ!!さあ!!」
と、怪盗もどきは茂みの後ろに下がって、中腰のまま両腕を広げた。とりあえず俺も後ろに下がり、クラウチングスタートに似た姿勢で張り合った。
ピリッとした緊張感が目の前で持ち上がる我々二人。呑気である。
一瞬本気で掴みかかろうかと思ったが、
「…はあ~っ、いいや、馬鹿らしい。仕事前に無駄に消耗するわ」
と言って、俺から引き下がった。
怪盗もどきは、「自分が分が悪いと思って引き下がった」と勘違いしたようで、妙に勝ち誇った顔をして、また茂みの中に戻った。すげぇイラッと来る。
「しかし何が悲しくて強盗の下働きなんてしなきゃならないんだ」
と、俺は言ってもしょうがないことを愚痴った。
「そういう依頼内容なんだからしょうがないじゃん。君も合意済みで受けたんだろ?」
と怪盗もどきが言った。
その通りなんであるが、今となっちゃもう不安しか頭ん中にない。
原因はまあ、第一が目の前の間抜けな相棒。第二が俺らの雇い主の評判の悪さ。第三に作戦の雑さ。
俺ってば、なんでこんな阿保な依頼を引き受けてしまったんだろう?と考えながら、俺は2日前の裏クエスト屋の店主との話に思いを馳せた。
***
「『雇われ衛兵の陽動』?って何さ」
俺はその依頼書を見て開口一番、怪訝な声で裏クエスト屋の店主に問いかけた。
その日、俺はグレーゾーンな高報酬クエスト『裏クエスト』を受注するべく、岳都ガタラの地下の隠れ家へ来ていた。
ガタラのメインストリートの裏側に、陰気な貧困街『ガタラズスラム』が横たわっているのは、恐らく多くの読者諸賢がご存知のことであろう。
更に詳しい方々(例えばちょっと危ないところに出入りする冒険者とか、ドルワーム王国の役人とか一部の軍属とか)は、そのスラムの地下に、スラム街と同程度の規模を持つ石造りの『隠れ家』が実在することもご存知のはずである。昔々のガタラ『成金』町長が自身の休息と趣味のために建てさせた酔狂な施設だ。
現在その隠れ家は、あらゆる裏取引を制した謎の男、俺の目の前にいる「裏クエスト屋店主」というオーガ男性の管理下にある。薄らぐらい裏クエストの斡旋業を営んでいるので、当然のように抜け目がなくずる賢い。それでいて、見た目は眼鏡をかけた穏やかそうな風貌(服装はフロンティア演劇のような恰好なので怪しい)をしているので始末に負えない。のっぴきならない事情がなければお付き合いしたくない男である。
残念ながら、今の俺はのっぴきならない事情に巻き込まれているので、こうして裏クエストの受注に出向いて、怪しい契約書を見ていた訳だが。
(続き・http://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/4808624/)