「『マシラの舌』」
と、ポポムは一言告げた。それがあの、青い血管もどきの通称だという。
頭を割らんばかりの勢いだった頭痛が嘘のように消え、多少体調が回復した俺を、ポポムはガタラの酒場へ連れ込んだ。無理やりに俺を卓に座らせた後、ポポムは対面の席に座って葉巻を吸い始めた。他種族からしたら幼児体型にしか見えないドワーフ女子だが、コイツに限っては妙に紫煙が似合う。
「まあ、超~大雑把に言えば魔物なんだけど…生息域が大抵エルトナに集中してるとか、狩りをするときにかなり希少な魔法を使うとか、よくわからない弱点があるとかで、他とは一線を画す生態を持ってる生き物の一種よ。天地雷鳴士が呼ぶところの『妖怪』ね。
古書堂の座敷に散らばるヒトの毛髪やふけは『マシラの舌』に変じ、そのヒトが一番知りたいことを教える代わりに、その者の脳髄へ取り憑き、夜な夜な宿主の記憶を喰むのだと。取り憑かれた宿主は、取り憑かれた自覚のないまま『本の虫』となり、旺盛な知識欲を発揮するものの、寝食を忘れて勉学に没頭し、終いには衰弱死してしまう…と。学者畑のヒトたちを皮肉ったような怪談よね。
こういう手合いの調伏は、本来天地雷鳴士たちの仕事なんだけど、あそこの今の頭領、ダーマ神殿への職業登録申請の書類作りでてんやわんやしてて、『エルトナ大陸ならともかく、ドワチャッカまで逃走しちゃった個体を追う余裕なんてないよう!ヨイちゃんは相変わらず連絡取れないし!ゆーえーに!お願いポポムおねーちゃん、『舌』を追いかけて!!』て泣きつかれちゃってね…他所の組織で似たようなことが出来るの、私しかいないってことで、わざわざガタラまで出張る羽目になったのよ」
「…天地雷鳴士って、五百年前に失伝した職業じゃなかったっけ?」
「ここ十数年でやっと宗家が復興して、ようやくダーマ神殿への戦闘職業登録までこぎ着けたのよ。大事な時期には違いないけど、よそ者に仕事丸投げする辺りはまだまだ甘ったれよ、あの子」
私だってヒマじゃないっての…と、ポポムはぶつぶつと文句を言う。それでも依頼を引き受けている辺り、依頼主のことを憎からず思っているらしい。
天地雷鳴士ならともかく、なんでレンジャーのポポムが霊媒師じみたことをできるのか。コイツの人脈の広さも、得意分野の広さも異常だ。
「で、これはその依頼の一環なんだけど。アンタ、なんか悩みごとでもあんじゃないの?」
ポポムは突然、カウンセラーのようなことを口走った。
「ぬぇっ!?な、なんだよ藪から棒に!?」
「妖怪に憑りつかれるような青二才は、青春特有の尻の青い悩みに悩まされてるって相場は決まってるのよ。その辺のことスパッと解消しとかないと、アンタ、またろくでもない化け物に憑依されるわよ。ヒトの心に溜まった膿を除去するのも、妖怪退治の一環よ」
「いやいやいや、そんな臭い説教には騙されねえぞ!お悩み解決で悪霊退散なんて、そんな詐欺まがいな日課討伐があってたまるか!大体アンタ、そんなお節介おばさん的な役回りをする奴じゃーねーだろ!?」
「私だって『人という字は、ヒトが支え合ってできている』なんてくっさい説法ができる立場じゃないわよ。でも、そうでもしなきゃアンタ、一生このままよ」
ポポムは、鷹の目のような鋭さで俺を見据えた。心のうちをなんでもかんでも丸裸にされそうな錯覚を覚えた。
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