予想外の単語が上がったことで、俺は二の句を告げなくなった。
ほんの二日前のことだ。俺はある裏クエストを受注し、何年かに一度しか開花しないとされる薬草『いやしの雪中花』を採取しに、ゴズ渓谷へ向かった。
結果から言うと、クエストには失敗した。ニンジャのような恰好をした謎の闖入者に花を奪われ、裏クエスト屋まで持ち帰れなかったからだ。ただし、苦し紛れに持って帰った土や雑草もそこそこの使い道があると認められ、その場で店主に買い取ってもらった。そのおかげで、百五十万ゴールドの収入を受け取れたわけだ。
失敗したクエストのターゲットである雪中花の名前が、なぜここで出てくるのか?いやな予感がする。
「つい昨日の話よ。トラム・ベルウッドという植物学者が、特殊な農薬と『時の水晶』による植物の高速栽培魔法を使って、幻の薬草『いやしの雪中花』を安定栽培する術を確立したって発表がされたの。高速栽培だけでも十分驚異的な話だけど、同時に『いやしの雪中花』の量産にまで成功したっていうから、カミハルムイ魔法研究院やドルワーム水晶宮等々、世界中の研究機関がバケツひっくり返したような大騒ぎを今もしてんのよ。栽培された植物の安全性が証明されるまで待たないといけないから、市場供給されるのは当分先の話だろうけど…裏表関わらず世界中の商業機関が早速、利権争いを始めてる。どんぶり勘定でも数兆ゴールドは下らない案件と評される一大事件よ。『神話の怪物』なんて目じゃないわ、全く。
功労者であるベルウッドには、現時点で数百万ゴールドの契約が舞い込んでる。『いやしの雪中花』栽培の安定運用もまだ目途が立ってないし、今は様子見の契約って感じかしら?今後の研究開発の如何によって、今以上の大金を手にするか、逆に零落するかは氏次第というところね。
で、ここからは非公式の話。ベルウッドは『いやしの雪中花』を手に入れるために、裏クエストに依頼を出したのよ。表のクエスト扱いだと冒険者に広く知られることになるから、多少非合法でも秘匿性の高い裏クエストに頼んだ方が、他の研究者に先がけて検体を手に入れることができる--と踏んだわけ。まあ、その報酬として『三億』ゴールドっていう、決して安くない額を要求されたんだから、内心歯嚙みしてるでしょうけど--で、アンタ。知らないでしょ、この話」
「------」
「アンタでしょ、『いやしの雪中花の採取』の裏クエスト受けたのって。報酬金、何ゴールドだった?」
「--前金百万、成功報酬で百万の、合計二百万。クエスト自体は失敗したけど、補填のような形で百五十万もらった」
「手取りでそれ?どんだけピンハネされてんのよ。手数料の割合出す方が馬鹿らしいわ」
「………」
呆然、である。よりにもよって、自分が受注したクエストが、借金を丸ごと返済できるだけの高額クエストだったなんて。
勿論、はなから全額を受け取れるとは思ってないし、そもそもクエストには失敗しているから、今さら分け前をもっとよこせ、なんて交渉が通じるはずもない。クエスト斡旋料の相場は知らないけど、一度引き受けた契約である以上、その内容を順守するのは、冒険者として当然の義務だ。
しかし、しかしだ。俺に仕事を振った裏クエスト屋の店主は、俺の借金の事情だって知っている。
知ったうえで、億単位もの報酬を受け取って、自分の懐へ入れている。クエスト関係者である俺に何も知らせないまま。極めて少額な報酬だけ支払って。
思わず、店主--テンガロンハットをかぶったオーガの男が、冗談のような額の小切手を握りながらほくそ笑んでいる光景が目に浮かんだ。あの守銭奴なら本当にやりかねない。
そんなの、ありか?
俺はそんなことをする男の下で、これからずっと働かないといけないのか--?
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/6965313/)