その後、ポポムが会計を済ませている間に、俺が酒場を出るという単純な作戦で、なんとか『コップとテーブルを壊した疑惑で店側に捕まる』という危機を脱した。
酒場の店員に睨まれている疑いが濃厚な俺については、『町中でのしのび走り発動』という一種の禁じ手を使って事なきを得た。一歩行動するごとに罪を重ねている気になるが、これは「借金取り(メルトア)が悪い」ということでポポムがGOサインを出した。近いうちに俺が酒場に出頭し、正式に謝罪した上で弁償する手筈である。
酒場を出た時点で、既に深夜0時を回っていた。酒場からしばらく歩いてから、ポポムと別れ際の会話をした。
「繰り返すけど、メルトアの件はこっちでヒトを走らせて対策を練るわ。準備ができたらチャットストーンで連絡するから、それまでメルトアと一人で会おうとしないで。向こうから接触してきたら、誰でもいいから近くのレンジャーに助けを求めること。私の名前を出せば事情がわかるようにしておくわ。念のため、他から奪われないように証書も預かっておく。あと、当然ながら裏クエスト屋にも二度と接触しないこと。アンタのことだから、どうせ口車に乗せられてまた働かせる羽目になるわよ」
「…すまん。何から何まで頼りっぱなしになるけど…ありがとうございます」
「まったくよ…こっちの仕事も終わってないのに、ひどく時間を取られたわ。埋め合わせは覚悟しなさいよ、こき使ってやるから」
こき使われる対象が借金取りからポポムに変わっただけでは…と一瞬思ったが、少なくともポポムは善意で手助けしてくれている。
無下にできるはずもなく、俺は頭を下げた。
ポポムは後ろ手にひらひらと手を振って、俺と別れた。頭の上がらない相手が増えたが、不思議と以前よりも心が軽くなった気がした。
意気揚々と宿屋に戻ろうとして、問題に気付いた。宿屋に予約を入れていなかったのである。昼間、あまりの頭痛で判断力が鈍っていたのか、チェックアウトしたまま町に繰り出してしまったのだ。これでは今夜、ベッドの上で安心して眠ることができない。
実家――ルマーク一家の住居はガタラの住宅村にあるが、当然ながらそっちに帰るのは論外である。となると、不本意ではあるが、同じガタラ住宅村に買ってある『自宅』で雑魚寝するしかないか…ということで、俺はガタラ下層の広場に向かって移動を始めた。
俺の自宅は、ある丁目の水没遺跡地区にあった。魔法戦士団に在籍していた頃、わずかな給料をはたいて土地だけ買った場所である。元々家出した身であるが、当時は『いざという時にまた実家へ戻る』という選択肢も頭の中にあったので、未練たらしくガタラに居を構えたのである。その後借金を抱えるだのなんだのの騒動が勃発し、家すら立てずに放置していたため、『自宅』とは名ばかりの更地、および地下室だけが残っているという有様だった。調度品の類もろくにない。ベッドすらないのであるが、雨梅雨がしのげればもはやなんでもいい。今日は早く帰って寝たい。
自宅までの道中に通る区画は、深夜を回っていることもあり、ほとんどの家から灯りが消えて静まり返っている。街灯はまだ点灯しているが、もう少ししたら消灯するだろう。落とし穴だらけの水没地区を、灯りのない中歩き回るのは勘弁だから、足早に自宅の敷地へ向かった。
自宅のある区画、とりわけ水没遺跡地区は、俺以外に住んでる者のない閑散とした地区だ。あまりヒトに見られたくない身の上ではありがたいことだが、それでも心細い夜を過ごすのは嫌なので、この二年間はろくに近寄っていなかった。二年間を経ても、その人口密度の低さは変わっておらず、家の立っていない更地が並ぶばかりの、寒々しい光景が広がっていた。
そんな閑散とした場所、訪れるヒトもいないはずの俺の自宅に――その男が、いた。
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