「ちょっと、ここじゃ話しにくいから、スラムまで来て」と、借金取りは俺の腕を取って、ガタラの町中へ連れ出した。いつも強気で強引な彼女らしくない、優しい手つきだった。
そして宣言通り、ガタラズスラムの中まで移動した後、彼女は借金証書を俺に突き返してきた上、上記のようなことを口走ったのだ。
「え、は?え?『金持ってこなくていい』って…どういう意味だ?」
「どうも何も、言った通りだよ。もう借金は返さなくていい。これからあんたは、三億ゴールドっていう借金のことなんてキレイさっぱり忘れて、好きに生きろ」
「――いや、全然わからない。まだ三億ゴールドなんて到底稼げてないんだぞ。今だってあんたの言った通り、五百万ゴールド用意しようとしてる。なんで今、借金がなくなるなんて話になるんだ?」
「ああ、そういやそんな『課題』も出してたな。それももう要らないよ。稼いだ分、そのまんま持っておきな」
「なっ………!!」
「今までもらった分についても、後で切りよくなったら返す。安心しなよ、一銭たりとも手は付けてない」
なんでもないような顔をして、彼女はさらりと言ってのけた。
あまりのことに、俺はめまいを覚えた。この二年間で培われた価値観を根底からぐらつかせるような衝撃だった。
「――――――なんで」
「もうちょっと時間がかかると思ってたんだけど、状況が変わった。この二年間、ずっと逃げ回っていた『あいつ』が戻ってきた。いよいよ世界を滅ぼす武器が完成したらしい。そうなると、次に狙われるのは君だ。君が持つ『数字の海』を奪いに来る。私はずっとそれを待ってたんだ」
借金取りがわけのわからないことを言った。その真剣な目から、冗談を言っているわけではないことだけがわかった。
「わけがわかない、という顔をしてるね。当然だ。けど、今はちょっと立て込んでてね。君に全部を説明してる時間がない。うまいこと生き残れたら、手紙でも送るよ。その気はないけど、もしも私が死んだら…私のことは忘れてくれ」
「そ、そんな遺言みたいなこと言われても理解できねえよ!一体何が起こってるっていうんだ!!」
「だーかーら、君は何かを理解する必要なんかないんだよ。どうせ二年間騙してきたんだ、今更説明不足だろうが何の問題もない。
君も薄々わかってるはずだ、本当は『借金』なんかないんだって。『あいつ』をおびき寄せる餌である君を、すぐそばで監視するために、私がでっち上げたウソだ。存在しない借金を返す君も、それを受け取って面倒を見る私も、すべては単なる茶番劇だ。ここら辺が、劇の幕を引く頃合いだ。
大体、万が一私が死んだとして、疫病神みたいな女が消えるだけだ、君もせいせいするだろう?」
「ふざけんなっ!」
借金取りの両肩を掴んだ俺は、自分でも驚くほどの激情を彼女へぶつけていた。
「騙されてんのはもうずっと前にわかってたよ!わかった上で働いてたんだ!
あんたが悪いヒトでも、目にかけてくれていたのがわかってたから頑張れたんだ!
例え悪事に手を出して牢に入れられたとしても、それで俺が得られるものがあるんだったら、騙されて働くのも無駄じゃないと思ったんだよ!
金を稼いでいけば、家族から逃げ出した俺でも誰かに認めてもらえると思ったんだ!
死ぬ思いで駆けずり回って、必死に金を稼いできたのが無意味なことだったって、あんたが言っちまったら…俺の二年間は一体なんだったんだ!!!」
俺はみっともなく泣いていた。どれほどの悪事を働くことになろうと、『借金を返すこと』そのものが自分の価値だと思い込んでいた。その意義を取り上げられたことに、俺はひどく動揺したのである。
「――君は――」
メルトアは目を丸くして俺を見つめていた。そして、困ったような顔で微笑んだ。
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