血走った目でこちらを見ながら、呪術王は会話を続けた。
「あの忌々しい襲撃のことを知ってるということは、お前もあの現場にいたのか?六種族どもの顔の見分けなど付かないが、もしあれの関係者だというなら、そこのバカ共々、念入りに解(バラ)してやるぞ。そんなこけおどしの狼、恐るるに足らん」
まともな精神では放てないような殺気を込めて、呪術王が脅しかける。
ポポムは何事もなかったかのように、淡々と返答する。
「生憎、私は報告書でしか知らないわ。前責任者がアンタの捕縛失敗の責を取って辞任したから、任務を引継いだだけの立場よ。戦いたいというのなら、どうぞご勝手に。アンタの余罪が増えるだけよ」
「では、遠慮なく殺してやろう。レベル八十程度の『神狼』では、こいつには勝てるまい――ジェリーマン十五体。デルパ<放出呪文>!!」
呪術王が慇懃に宣言すると、どちゃり、と粘着質な音が響いた。呪術王の両腕からドロドロとなだれ落ちるかのように、ジェリーマンの大群が現れたのだ。グズグズとうごめく粘性の魔物たちの姿は、見る者の背筋をぞわぞわと逆なでした。
今まで使役していたジェリーマンも、ああして呪術王の体内から出現したということか。理屈こそわからないが、なんの道具も使用せず、自分の身体から魔物を生み出すなど、素人目から見ても正気の沙汰じゃない。
呪術王の呪文はなおも続く。むしろその異様はまだまだ始まったばかりだったのだ。
「スクラクスト<過剰硬化呪文>。素体群の強化開始――完了。マドラゴラム<狂竜化呪文>。素体群の合成及び竜化開始――」
ジェリーマンの大群の大部分がひとつどころに集まり、ガタガタと震え始めると、急激にその形を変えていった。ぶくぶくと泡を吹くように巨大化するのと同時に、その身体は蛇のようにどんどん長くなっていった。体表は徐々に黒くなり、硬いウロコのような組織へ変化した。長大な身体の先端は、白いなまず髭と木のような金の角を携えた顔面を形成した。白い牙をずらりと生え揃えた口、金の瞳孔をたたえる二つの目玉。数メートルの巨躯を備えた竜が眼前に生まれた。
グルルルル…と、ガイアと呼ばれた狼が低く唸る。竜の誕生をただ眺めていたわけではなく、ずっと呪術王の隙を伺っていたのだろう。
しかし見出せなかった。呪術王の呪文詠唱の間、合体しなかったジェリーマンの余りがずっと脇を守っていた。狼の実力ならジェリーマンくらい蹴散らせるだろうが、その隙に呪術王の攻撃呪文を喰らう危険がある。さしもの神狼も、あの桁外れの業火を受けて無事には済むまい。
「…完了。続いて<拡張>発動。エメク<傀儡呪文>。自律式魔獣用戦闘プログラムを竜化素体へインストール開始――完了」
虚ろだった竜の瞳に眼光が走る。めきめきめき、とその鎌首をもたげると、竜は主人である呪術王を守るように、その巨体で呪術王を囲った。
「バイキルラッシュ<過剰狂化呪文>。元値の三十倍まで攻撃力強化、持続時間約二分」
ごぎんっという轟音とともに、ただでも強靭な竜の巨躯が筋肉で膨張した。あんなものに体当たりされたら、大抵の生き物はなすすべもなく爆散するだろう。
おおよそヒトの住処にあるべきではない凶悪な魔物が、俺たちの眼前に立っていた。
「魂のない廉価版だが、雑魚相手には十分だろう――喰い尽くせ、『魔竜ネドラ』!!」
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7171684/)