呪術王が高らかに命令すると、魔竜ネドラはその鎌首を遥か頭上にもたげ、大口を開けて突進した。
と同時に、神狼ガイアが猛然と立ち向かう。ぐおうっと雄叫びを上げて魔竜と正面から激突した。ごおんっという轟音が響き渡る。
次いでがちんという、まるで金属同士がぶつかったような音が響く。お互いがお互いの大牙を相手の口に突き立て、渾身のチカラを込めて押し込み合う。こんなド迫力のディープキス、ヒト相手じゃ早々拝めない。ギリギリと口越しの押し相撲がしばらく続くと、やがてガイアがネドラの身体を投げ飛ばした。だあんっという音とおびただしい土煙を巻き上げて、魔竜ネドラは地面へ転がった。
すぐさま体勢を立て直したネドラに、ガイアが襲い掛かる。応戦するネドラとガイアの巨体は、徐々に呪術王とポポムが立っている場所から離れていった。
「瞬殺、とはいかないか。『神狼』など、レベル六十相当のレイドボス相手に負けた雑魚と思っていたが、存外強壮だな――で、ご自慢の狼が殺された後の作戦は考えているか?『百狼軍師』ポポム。裸の軍師殿」
自分の身を守る魔物がそばにいなくとも、呪術王は不気味な余裕を失っていない。奴は何の問題もないというかのように、ポポムを挑発した。
対するポポムも、ロトゼタシア伝説に語られる魔竜の誕生に立ち会ってすら、目立った動揺はない。ように見えた。こちらも平時の、不機嫌そうな口調で会話を再開した。
「いちいち嫌みを挟むんじゃないわよ、器の底の浅さが透けて見えるわ。僭称者が歴代呪術王の名を貶めるんじゃないわよ。それとも、犯罪者に品位を求める方が酷かしら?直接の被害人数だけで百数十人、『ジャム』の蔓延や魔物の密造販売まで含めて四桁後半に届く無辜の人々を手にかけた、史上最悪級の組織犯罪の仕掛人に、ロクな品位が備わってるとは思えないわね」
「百数十人――なんだ、思ったより少ない。コンピュータの開発に使いつぶしたから、てっきり千人はいってるものかと。あの頃はいらん研究も積み重なって随分苦労した。三桁程度の投資なら、まあ、御の字じゃないか」
ポポムの挑発に苛立った様子もなく、呪術王は薄ら笑いを浮かべて言った。どうということもないという様子に、ポポムが声を荒げる。
「ふざけてるの?私はアンタに殺された人数の話をしてんの、金を扱うみたいに語ってんじゃないわよ。植物状態で救出されて、まだろくに回復していない面子も含めたら、一体何人がアンタに泣かされたか、ろくに考えてないでしょ」
「知らない。ベリルたち以外の『この世界』の生き物を、人類だと思ったことはない」
呪術王は断言した。およそ真っ当な人間なら口にもできない、極めて不遜な物言いだった。
傲慢な賢者上がりの犯罪者なら、こういう思考も持つこともあるのか――と、俺は傍で聞きながらカッカし始めたが、事情のわからない会話が続いていて割り込めない。歯がゆい思いだが、呪術王とポポムの両方に生殺与奪を握られている状況ではどうしようもない。
一方のポポムは、何かが引っかかったようだった。
「――『この世界』?何よ、自分は神様だとでも言いたいの?」
「違う。俺は『日本人』だ。俺にとってアストルティアは、人間が作り出したまがい物の世界だ。俺は、地球で死んだのを機に、この幻の中へ閉じ込められた」
呪術王は、これまで以上に意味の分からないことを言った。ポポムの顔がみるみるうちに怪訝そうなものへ変わった。
「――――――いかれてんの、アンタ?」
「ああ、そうだ。俺は発狂してる。元々死んだ人間だ、正気で存在してるわけがないだろう?」
(続き・https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7171688/)