『戦争』という行為の是非については特に語るまい。ヒト同士の主張の対立とか正義の行き違いとか、俺如き若輩者の手に余る議題である。
俺が言いたいのは、魔物はびこる現代においても、ヒト対魔物の『戦争』、すなわち数百数万オーダーの軍団のぶつかり合いは、そうそう起こり得ない大事件だということだ。
故にこそ、ランガーオ山脈に出現した正体不明の侵略軍と、数百の冒険者とモンスター討伐隊が手を組む『アストルティア防衛軍』の戦いが、さも現代の神話のように語られるのだ。
それと比べると、俺が遭遇した『戦争』というのは、実のところかなり小さい規模の戦いだった。戦士規模にして百前後、戦闘時間にして数時間で決着を見たそれは、例えば『時の王者』の生き残りたちのような英雄には、些末な出来事に映るかもしれない。
もちろん、俺にとってはそうじゃない。何の因果か、冒険者でも有数の戦士たちと、裏社会でも危険視される怪人との戦いの場に召還された俺は、人生最大規模の危険な戦いの間隙を走る羽目になった。
ヒトと魔物の傑物が結集したあの戦いは、呪術王のあれこれとか個人的な事情を抜きにしても、俺の人生にとても濃ゆい影響を及ぼす類のものだった。きっと俺はこの先ずっと、この戦場の記憶を胸に生きることになる。
断っておくが、俺がその戦場で華々しい活躍をしたとか、そんな痛快な展開はないのでご了承願おう。
俺はいつも通りに、あるいは誰かの掌で素直に踊るように、腹が立つ相手を殴りに行った。それだけのことである。
***
――〇月×日 土曜日 朝七時。
俺とポポムは赤いレンガ造りの道を歩いている。
我々がいるのは、レンドア島から船で一時間ほど離れた海上にある小島である。
大理石の散歩道は、この小島をざっくりと円状に覆っている。晴れればビーチとして観光客を呼び込めそうな立地だが、今はあいにくの曇り空であり、気温も寒々しい。
俺は生あくびをかみ殺して歩く一方、ポポムはしかめっ面を隠すことなくずんずんと歩を進める。ポポムのたくましい足取りに付いていく傍ら、俺は辺りを見回した。
散歩道の脇には、レンガ積みの建物がそれなりに立っているが、煙でいぶされたかのようにくすんでいる。それらの建物の他は、草がぼうぼうに生えた空き地に、『売地』という素っ気ない看板が刺さっているのみ。
たまにヒトとすれ違うが、みな例外なくピシッとした軍服を着ている。絡んでこそこないが、場違いな空気を出す俺を、遠目にじっと睨んでくる。何をそんなにピリピリしているのか。俺は極力眼を合わさないように努めた。
『レンガ造りの街並み』と言うと、ジュレットだとかさぞかし立派な町を想像するかもしれないが、立派なのは足元の散歩道だけという、何とも言えない有様であった。
この島は、通称を『オールドレンドア』という。
港町レンドアのある島にほど近いこの小島は、当初は住民誘致の上、新たなる住宅村兼観光島――『ニューレンドア』とでも言うべき観光地となるべく、開拓と整備が進められた土地だった。それが、何年か前の津波により、住宅村建設予定地に壊滅的な被害が出た。想定外の損害が出たことで、開拓を先導していた商会は倒産。開拓事業を引き継ぐ団体も現れず、小島は打ち捨てられた。中途半端に建設された建物は、裏社会の悪党や難民が勝手に増改築し、体のいい隠れ家にしている。
輝かしいビーチリゾートになり損なったこの土地は、皮肉を込めて『オールドレンドア』と呼ばれるようになった――そんなしみったれた場所である。
ちなみに、このとき頓挫した計画は後日、娯楽島ラッカランの余った土地を開拓する形で再開した。その新住宅地――『レンダーヒルズ』は、この当時はまだ影も形もない。
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