――〇月×日 土曜日 朝八時。
オールドレンドア、島外れの海岸に木製のコテージがある。
本来は旅館の別邸として利用されるはずだったそれは、その他多くの建物と同じく、今誰が所有しているかもわからないような代物だった。
にも関わらず、そのコテージは埃一つない小綺麗な状態を保っていた。もちろん、現在の『宿泊者』の仕業である。
そのバルコニーの前に、プクリポとエルフの男が立っている。
エルフは、目の前のプクリポから二十枚ほどの写真を受け取った。
「では、また」
カメラを携えたプクリポは、特に立ち話を続けることもなく、コテージから足早に去っていった。
プクリポを見送ったエルフは、コテージの中へ入った。
コテージの中は、ベッドやテーブルといった最低限の調度品の他に、『宿泊者たち』が持ち込んだ雑多な代物が散らばっていた。
例えば、テーブルの上には木製のコーヒーメーカーが置かれている。その脇には、直前にコーヒーメーカーを使ったと思われるオーガの男性が、優雅にコーヒーを飲んでいる。フロンティア演劇(※西部劇のようなもの)の世界から飛び出したような彼は、虫の居所が悪そうな表情をしていた。
用心棒改め、ジャック・ルマークが『裏クエスト屋の店主』と呼んでいる人物である。
エルフの男が、店主の正面の椅子に座る。そして、先ほどプクリポから受け取った写真の束を、店主に差し出した。
黙って受け取った店主は、写真の束をパラパラと眺めた。
「いかがでしょう、主殿」エルフの男がうやうやしく、オーガの店主に尋ねた。
「『盗撮屋』…街中の人物をランダムに撮りためて勝手に売りつける、なんてせこい商売だと思ったけど、写真の腕自体はいいな。ピンボケ一枚もないとは。『おぼろ』の抜け忍も、商売のひとつもなければ生きていけない時代ってわけか」
「恐らく、盗撮屋はもう戻らんでしょう。今のこの島で、誰にも気取られずに活動するのは難しい…次の便でオールドレンドアを離れるでしょうな」
このオーガの男は、『裏クエスト』という薄らぐらい商売をしている身の上、公権力から常に追跡されている立ち場だった。ガタラズスラムのような地上の迷宮に潜伏するならともかく、オールドレンドアのような狭い島内で、モンスター討伐隊や衛兵のような人物と遭遇するのは極力避けねばならない。それ故、島の中心部に集まっている集団の情報を集めるには、面の割れていない第三者――先ほどの盗撮屋のような情報商売人を通すしかないのが現状であった。その彼が島を去るというなら、ここからは『おぼろ』のメンバーでやりくりするしかない。
盗撮屋は目の前のエルフの古い知己ではあるが、部下というわけではない。じき激しい戦闘が始まるだろうこの島に、無理に留まる理由もないわけだ。
オーガは一枚の写真を束から引き出すと、更に眉間のしわを寄せた。いかにも都合の悪いものを見たという表情だった。
「げぇ…やっぱりポポムがいんのかよ。嫌な女と居合わせてしまった」
「やはり呪術王の案件となると、必ずポポム嬢が出張ってきますな。対策チームのメンバー含め、警戒が必要でしょう」
「大捕物の最終盤とはいえ、対策チームのトップが現場に出てくるかよ普通…」オーガの店主はため息をつきつつ、写真をめくる手を止めなかった。
世界警察直轄、『虚ろの呪術王』対策チーム。それがこの島に集結している集団の名前だ。
店主たちが把握しているメンバーは、リーダーに警視長ポポム。副官の警視正ベレー。その下に隊長・作戦参謀以下二十四人の戦闘部隊が四部隊、総勢九十六人。他にも所属不明の要員が若干名。合計して約百人の軍団が、呪術王を捕らえるために結集している。個々の職業レベルは調査中だが、最低でもレベル六十は確実にある。
いかに『おぼろ』を率いていようと、これだけの戦闘部隊とかち合ってはひとたまりもない。店主にとっては慎重に動かなければならない場面だった。
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