「今からそんなだと先が思いやられるが――ま、一個の社会経験だと思ってあきらめようや。世の中、ここよりやばい戦場はいくらでもある。フィンゴルの行ってるランガーオ山地なんか特にな。今度行ってみな」
「え、ふつーに嫌です。『必勝法がわかんない戦場』なんて行けるわけないでしょう」
「おっほ!呪術王には『必勝』できるって言ってるな?大きく出たもんだ」
「ええ。あんな奴、体調が万全ならどうとでもなります。ここで問題なのはそれ以外です」
「そこまでわかってんのなら、俺から言うことは何もない――作戦が始まったら、絶対に俺から離れるなよ」
仮面バスターの激励と警告を受け、俺はクチをきゅっと噛み締めた。
作戦開始までの一、二分、俺は遊撃隊の行動指針を反芻し、ゆっくりと呼吸を整えた。
胸の手裏剣、腰に巻き付けた剣と鎖分銅。ズボンに仕込んだ花火。道具袋の聖水類。大丈夫、全部揃っている。
戦場における命綱をひとつひとつ数えて、その時を待つ。
やがて、突入部隊の待機所に持ち込まれた時計が、ボーン、ボーンと正午を告げた。作戦開始である。
突入部隊のリーダー、ホレイスの部下が、部隊に合図をかける。八名からなる部隊は、ザッザッザッと素早く階段に詰め寄った。
仮面バスターもそれに続く。俺も仮面バスターに付いていこうとした、その矢先。
――――ばきり、と。石がひび割れるような不気味な音が響いた。
今まさに階段を降りようとしていた突入部隊と遊撃隊。待機所に残ったメンバー。その全員に一気に緊張が駆け巡った。
かたかたかたかたかたかた…と小刻みに地面が揺れていた。地面に敷き詰められたレンガが、身震いするかのように震えていた。
最初、地震かと思ったそれは、徐々に振動を大きくしていった。その場にいる全員が、息を飲んでその様を見つめている。
やがて、レンガは自身が埋め込まれた地面の中を『走り始めた』。比喩ではなく、あの四角い物体が、命を持ったかのように地面の中を泳ぎ出したのである。 ぐろぐろぐろぐろと、不気味な振動を続けながら走り出したそれらは、地面を踏みしめる我らごと連れ去ろうとした。うおぉ!と、対策チームの誰かが声を上げてよろめく。
足元はまるで、やたらと固いネズミの群れが走り回っているかのようだった。
ガタガタと震える地面に翻弄されたのは、俺も同様である。たまらず地面に倒れそうになったが、どうにか踏ん張った。小刻みに歩きながら、仮面バスターのそばを離れないようにする。
階段脇の柱を掴んだ仮面バスターの表情は読み取れないが、この異常事態に戦慄を覚えているのはわかった。
「…師匠」
俺は、仮面バスターを普段の呼び方で呼んだ。どんな状況であろうと、今は上司の指示に従わねば。
「ジャック。楽勝みたいなことを言ったのは、取り消す。流石は呪術王だ。とんでもないもん仕掛けてやがった――状況が落ち着くまで、生き残ることに専念しろ」
仮面バスターの声は、あくまで冷静だった。
「俺のそばを絶対に離れるな――悪くしたら、死ぬぞ」
――〇月×日 土曜日 正午。
作戦開始と同時に、対策チームの面々は、自分たちの立つ地面そのものが『敵』であることを悟った。
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