――〇月×日 土曜日 午後十二時五分
当時のオールドレンドアには、呪術王カワキが生み出した二体の怪物がいた。その片割れが、『走るレンガ』の正体である。
それはひと言で形容すれば『生きた迷宮』であった。見た目はごく一般的な赤土のレンガであるが、その実態はレンガのひとつひとつが歩き、浮遊するユニットである。無数のレンガを繋ぎとめる『意識』の元、縦横無尽に動作する。地面の上でレンガの仕切りを作れば、一瞬でレンガ造りの家ができる。地上でなくとも、地下を掘り抜いてレンガで支えれば、部屋も通路も自由自在に変形する迷宮の完成である。
魔物としての分類は物質系。その正体は、冒険者では知らぬものはいないだろう、ゴーレムが極限まで改造・増築された魔物であった。
造物主から付けられた名を、『ダンジョンゴーレム』という。
ぞわぞわと動くレンガの群れは、その硬質な見た目に反して虫を連想させた。例のGから始まる黒い虫やIから始まる筒状の虫を見たときのような、ぶわぁっと広がる悪寒が背筋を走る。
思わずレンガから足を上げて、レンガの泳いでない箇所を探したが、レンガの他に足の置き場などない。動くレンガに抵抗して歩き続けなければ、あらぬ方向にあっという間に連れ去られてしまう。
動くレンガに翻弄されるのは、他の対策チームの部隊員たちも同じだった。地下街への階段を包囲する白い簡易テントや、その下に置かれたテーブルは、もうとっくの前にレンガに流されて行方不明だ。
このままレンガに流されて、百名の集団が散り散りに分断されてしまってはあまりにまずい。この得体の知れない状況で孤立してしまうのは、文字通りの命取りだ。
対策チームの面々は大いに動揺した。
「…土だ!!!土の地面に移動しろ!!レンガを踏んでいてはダメだっ!!早く移動しろーー!!」
待機所の誰かが叫んだ。
そのとき叫んだ部隊員は、レンガに足を取られる中、レンガのない部分があることに気付いたのだ。このレンガ広場の脇、芝生と木が植わったスペースである。
このまま手をこまねいていては手遅れになる。そう判断した部隊員たちは、広場の脇にある土の部分へ素早く移動した。俺と、仮面バスターも同様である。
いくつか存在する土の区画に何グループかに分かれて集結した頃には、ようやく周りを見渡せる余裕が生まれたが――あまり、意味のないことだった。
さっきまで平凡な広場だった場所は、まるで河川が氾濫するかのように、レンガが唸りを上げて流れていった。レンガ同士が激しくぶつかり合い、砕けた欠片が舞い上がって砂煙を起こし、広場がどんどん煙っていく。常識外れの光景に、皆一様に絶句していた。
そんな中、ひとつの号令が部隊を駆け巡った。
「――総員っ!!聞けっ!!」
待機所に残る予定だったホレイス部隊長の声だ。突入部隊と待機所の面々が部隊長に向き直る。
「たった今、作戦本部から通信が入った!!!地下突入作戦は『中止』する!!!」
対策チームのメンバーたちに動揺が走ったが、間を置かず収まった。どのみち、地下街への階段は氾濫するレンガの下敷きになり、誰も近寄れない有様だった。当初の作戦が続行不可能になったことは、誰の目にも明らかだった。
ホレイスの大声が淀みなく続く。
「オールドレンドア島近海より、水棲モンスターの大群が当島へ上陸を試みているとの報告があった!!!その数、百数十体!!!当部隊は、その魔物群を迎撃し、沿岸部にて再び陣形構築する!!!繰り返す、地下突入作戦は中止する!!!総員、部隊長の指揮の元、沿岸部に移動せよ!!!繰り返す―――」
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