「――君、僕に何か言うことがあるんじゃない?」
開口一番、声音からして不機嫌を隠そうともしないオーガの店主は、いきなり俺をなじった。
「はい?」
まだ事態が吞み込めない俺は間抜けな返事をするしかなかった。
必死に首を回して周辺を探る。地面は砂地。オールドレンドア島の浜辺で間違いないだろう。目の前には木製のコテージと、その階段に座る店主のおっさん。
俺は後ろ手を縛られて地面に突っ伏している。背中にはエルフの男が漬物石のようにのしかかっていて、ちょっと動いてもびくともしない。俺の方が体重は上のはずなのに、どうなってんだ?
倒れる俺の周辺には、そこかしこに数人のエルフが立っている。全員忍者装束。おっさんの部下だろうか。前にちらっと聞いた、荒事専門の部隊と思われる。
ぱっと見わかるのはこんなところ。うん、絶体絶命だわ。
「…えーっと…なんの話でしょうか…?」
「へえ?なんの心当たりもない?僕の顔を見てもそう言い切れる?」
言われて、じっくりとおっさんの顔を見る。おっさん、イコール裏クエスト屋の店主。裏クエスト…
「………ああっ!!!」
雷に打たれたような衝撃とともに、大変致命的なポカをしたことに気付いてしまった。
「思い出した?昨日の早朝開始、裏クエスト『雷電わたあめ族との取引』。見事にすっぽかしてくれやがったねコノヤロウ」
俺は滝汗とともに押し黙ってしまった。
――五日前のことである。
俺は件の借金取りに、『一週間後までに五百万ゴールドを用意せよ』と迫られた。持ち合わせが四百万ほど足りなかった俺は、この短期間で穴埋めをするために、グレーゾーンの高額報酬クエスト『裏クエスト』を受注した。法律スレスレの行為と引き換えに大金を得られるっていうアレである。その裏クエストの斡旋業者が、目の前にいるおっさんである。
俺が受注した裏クエストは三つ。うち二つは滞りなく…滞りなく?完了したのだが、最後の三つのクエスト――昨日やるはずだったそれを、無断欠勤してしまった。よりにもよって、今の今までその存在を忘れていたのだ。
「大変だったんだよ?よりにもよって決行前日に君と連絡が取れなくなって、急きょ代役の運び人を探さなきゃいけなくなったんだから。危うく、天下の暴走族相手に不義を働くところだった。
僕は普段から『企業人たるもの、報連相を怠るな』ってクチを酸っぱくして言ってきたはずだけど、こんなところで戦争働きしてるのはどういう了見?」
「―――いえ、あの、これは、その」
おずおずと、店主の顔色を伺う。
普段は温和で通っているオーガの柳眉が逆立っている。非難めいた眼差しは、彼がそれはもう怒っていることを余すことなく伝えてくる。
裏社会のヒトとはいえ、仕事倫理や契約にうるさい店主のことだ。謝罪のひとつでも出さないと、この怒りは収まらないだろう。収まらなかった場合、周囲の忍者たちに折檻される。
おっさんとの付き合いは長いとはいえ、どうあがいてもやくざ崩れ、こちらに非があれば指を詰めるくらいの罰を受けるのが当たり前。下手に取り繕うと大やけどを被ることになる。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7566749/