「もちろん、あの女の正体は念入りに調べたよ。
うちを襲撃したときの容姿から探った結果、『メルトア・マリアドーテル』という名前にたどり着いた。『虚ろの呪術王』の愛人と呼ばれた結婚詐欺師だ。最初は、この『結婚詐欺師のメルトア』が、何らかの理由で――それこそ天地がひっくり返るようなやんごとない事情で、呪術王からジャック君に乗り換えたのか…とも思ったんだけど、それだと説明が付かないことがある。
一番辻褄が合わないのは、『結婚詐欺師のメルトア』は冒険者経験が微塵もないということだ。僕の部下をいとも簡単に倒せる奴と、魔物一匹倒せない女が同一人物だとは思えない。それに、『結婚詐欺師のメルトア』は既に鬼籍に入ってる。『借金取りのメルトア』はつい最近まで君と接触していたんだから、この二人は別人だとしか考えられない。
しかし、それ以上のことはいくら調べてもわからなかったんだ。襲撃を受けたときのわずかな戦闘からして、かなりレベルの高い呪文使いなのは確かなんだが、冒険者名鑑にはそれらしい人物の登録がない。『借金取りのメルトア』と君が接触するとき、『おぼろ』の一人に見張らせたけど、毎回必ず尾行を撒かれた。面会が終わると忽然と姿を消すんだ。お陰で、私生活のかけらもわからない。影のような女だと思ったよ。
ところで、記録を見る限り、『結婚詐欺師のメルトア』と『借金取りのメルトア』は容姿が瓜二つだったんだ。そして、メルトア・マリアドーテルという女は天涯孤独だった。双子でもないのに、身長や顔立ちまでまったく同じというのは、不自然だ。
で、だね。ここからは僕の推測。他人に成りすます、なんてことをやるのにピッタリな呪文があるんだけど、ジャック君知ってる?」
「…モシャス<変身呪文>」
「そう、それ。最近の魔法使いにはあんまり使い手がいないけど、裏社会だと色々使い道が広そうな呪文だよね。
僕の推測はこうだ――『借金取りのメルトア』は、見た目通りのウェディではない。ある魔法使いがモシャス<変身呪文>を使って、『結婚詐欺師のメルトア』に成りすましているんだ。これなら、身元が洗えなかった理由も、僕の部下が何度も尾行を撒かれた理由も説明できる…人目に付かない場所で変身を解けばいいんだ。一瞬で姿をガラッと変えられるなら、尾行する側の目なんていくらでも欺けるだろうさ。
もっとも、モシャス<変身呪文>は実のところ、幻術で自分の姿を変化させたように見せているだけでさ。マジで身体が変形してるわけじゃない。大方、別のウェディか、似たような背丈の種族…人間あたりが化けているんだろうさ。そこまでわかれば、改めて身元を割ることもできるだろうよ」
俺は黙って、店主の話を聞き続けた――が、違和感が頭をちくりと刺していた。
メルトアが見た目通りのウェディではない…それは、その通りだろう。しかし、正体がただのウェディや人間の成りすまし…ということがあるだろうか。
あれはもっと、何か得体の知れないものだ。それこそ魔族か、それに類する何かのような――
だが、それを店主に教える気は起きなかった。この男に、自分の腹の内をすべて見せるわけにはいかない。
店主の得意げな推理は続く。
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