「さて、あの女の正体の追及は後日にするとして、だ。肝要なのは『成りすました目的』の方だ。
世紀の厄ネタと呼ばれた呪術王、その愛人であるメルトア・マリアドーテルという女性。この二人は熱烈に愛し合っていた――メルトアがあるマフィアの男にちょっかいをかけられて、嫉妬に駆られた呪術王がその組織員全員を呪い殺したなんて噂もある。呪術王がまだ生きている今、メルトアに赤の他人が成りすますというのは、筆舌に尽くしがたい危険を伴うはずだ。恋愛の恨みは怖いからね。
と、なるとだ。呪術王に狙われるという危険を押してまで、『借金取りのメルトア』が成りすましをやってるのは並大抵の目論見ではない。あれだけの猛者が成りすましをやってるということは、むしろ『呪術王を誘い出す』というのが本命だろう。すなわち、襲ってきた呪術王を逆に仕留めようってのが、彼女の目的なわけだ。あの女がどこの所属で、どういう思惑があって呪術王を狙うのかはわからないけど…少なくとも、『借金取りのメルトア』が、現在進行形で呪術王をぶっ殺そうとしているのは間違いない。あの女がこの島にいなければ、状況はもっと、呪術王が有利な方に傾いているはずだ」
「…今この状況が、呪術王の有利になってないっていう根拠は?あのレンガの氾濫のせいで、俺らマジで死にかけたんだぞ?」
「対策チームが有利、って言ったわけじゃない。ただ、全部が呪術王の思惑通りに進んでいるとは思えないってことさ」
店主はピッ、と、砂浜の向こう側――オールドレンドア島の広場、レンガ吹き荒れる空中を指さした。
「あの惨状――レンガの欠片が吹きあがり、粉塵となって渦を巻く大混乱は、恐らくあの女の仕業だ。
あの動くレンガ…呪術王が以前からこの島に仕掛けていたトラップか、あるいはああいう魔物なんだろうね。あのポテンシャルを考えれば、対策チームの面々を皆殺しにできるだけの上手い運用方法はあったはずなんだよ。例えば、対策チームを島の中央に誘いこんだ後、レンガを変形させて高い壁を築くとか、天井を覆って逃げ場をなくさせる、って感じでね。その後、他の魔物を混乱する対策チームにぶつければ、相当数の兵を殺せたはずだ。しかし、現実にはそうなっていない。そういう戦術を思いつくだけの発想力が呪術王にあるのかは知らないけど…あのレンガの氾濫、何か狙いがあっての動きには見えないんだよねー。どっちかというと、制御を失って暴走してるって感じだと思わない、あれ?」
店主は俺に同意を求めてきた。俺は無言でスルーしたが、脳裏に思い浮かぶものがあった。
暴れ川となったレンガの中を行軍する際に見た、レンガに抗しきれず呑み込まれた魔物の群れ。あれは呪術王の作戦ではなく、レンガの暴走のとばっちりを受けたのだ。
俺は店主に質問した。
「…この混乱の原因が、メルトアだっていうことか?あいつが呪術王に攻撃を仕掛けた結果、呪術王側でも混乱が起きてるってわけか?」
「そ。対策チームも僕らも、現時点で呪術王には肉薄できていない。何かできるとしたら、彼女以外にはあり得ない」
「…随分、メルトアのことを信頼してるんだな。大体、呪術王ってのは世紀の怪人と恐れられた魔術師なんだよな?仮にメルトアが呪術王を狙っているとして、あいつにもそう簡単に殺せないだろ?」
「そりゃあ、簡単ではないだろうね。逆に呪術王を瞬殺できてるんなら、そもそもレンガの氾濫なんて起きてないだろうさ。けど、勝率自体は悪くない」
どういう感情なのか、店主はニヤッと笑う。
やっぱりそうか、と俺は思う。店主は、呪術王の弱点をよく理解している――恐らく、この島に来ている者たちは全て、彼の弱点を知っているのだ。
「なにせ、『虚ろの呪術王』ってのは――戦闘についちゃ素人だからね」
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