「くっ…そおおおおお!!」
バシュッという音とともに、ルーラ<転移呪文>で影の拘束から離脱する。ほんのわずかに離れた場所に再出現して、構え直す。
影はゆらりと立ち上がり、呪術王を見据える。さっきちらりと見えた気がした瞳は、無貌の顔面からは確認できなかった。
「~~~っ、調子に、乗るなあっ!!メラガイアー<極大焼失呪文>!!」
怒声を上げながら、呪術王が右手を突き出して呪文を放つ――直前、影の人物が呪術王の腕をすくい上げ、その軌道を逸らされる。火球はアジトの天井を派手に破壊しつつ消滅した。
呪術王は一拍遅れて、影の人物に一瞬で距離を詰められたことに気付いた。魔力の気配がしない以上、自分のようにルーラ<転移呪文>で移動したわけじゃない。これはもっと、武術的な…
ごきっ、と鈍い音が響く。今度はみぞおちから火花が散った。またしても、あの重すぎる打撃を受けたのだと理解した。
「…バイキルラッシュ<過剰強化呪文>」
悪寒が走るよりも早く、両腕を強化した。三十倍の攻撃力強化を施せば、あの影に掠るだけでも致命傷を…
などと考えた瞬間、ズドゴゴゴゴゴゴゴッ、と、石が破裂したような音が響き、呪術王の身体が宙を滑った。
「あ…?」と呪術王の思考が、起きた状態を数瞬遅れで整理する――
金的、腹、首、顔面、みぞおち、両胸、肩、顔面、首。一発一発、丁寧に、かつ一瞬で。呪術王の身体に、計九発の打撃が叩き込まれた。
この間、呪術王はまったく反応できなかった――これだけ重い打撃だというのに、気が付いたときには打ち終わっている。かつての世界の動画で見た、達人のそれ。
身体を派手に打ち付け、壁をえぐり飛ばすまでの数秒間で、呪術王は理解した。
無理だ。俺には、この影の攻撃に対処できない。対処法を考えつくより先に殴り倒されてしまう。
さらに、この影の打撃はスクラクスト<過剰防壁呪文>の防壁を破り得る。こいつと白兵戦を続けていれば、いずれ防壁を破られて、死ぬ。
「――畜生っ!!」
影との距離は離れた。大いなる屈辱を抱きながら、呪術王は再びルーラ<転移呪文>で逃走する。
「…硬った…」
影はフーーーーッと、とても長い息を吐いた。漏らしたひと言は、ほんのわずかな苛立ちが籠っていた。
――呪術王は気付かなかったが、その両手には自分の血がにじんでいた。纏う影の鎧は、自身のダメージをも覆い隠す。
「…もう、そろそろかな」
と、影は陰鬱そうな言葉をつぶやいて、再び呪術王を追い始めた。
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