「……」
呪術王が戦闘の素人である――という話に、特に驚きはない。
昨夜、俺と呪術王が対峙したとき、魔法使いとしては高位にあるはずの呪術王の攻撃を、木っ端冒険者の俺が避けることができた理由。それは『無駄な動作が多い』という一点に尽きる。
奴が呪文を使う直前、必ず腕を相手に向けて突き出していた。この行動のせいで、呪文の軌道が筒抜けだったのだ。戦闘慣れした魔法使いであれば、呪文の発動タイミングや発射軌道を悟られないよう、もっと距離を取って戦う。いかに相手とのレベル差があろうと、戦士などの前衛職と戦う際に距離を詰めるのは悪手だ――というのが、魔法使いの一般認識である。呪術王は、そのセオリーを無視しているのである。昨夜の状況に、セオリーを無視できるだけのメリットがあったようにも思えず、その戦い方には稚拙な印象を受ける。
そもそも、呪術王が恐れられたのは、魔法による創薬、魔物の生産、非道な人体実験――と、言ってみれば『裏方仕事の凄惨さ』が理由であって、個人の戦闘力を伺わせるエピソードはない。救世主にも、魔王にもなれる魔法の才を、魔道研究に全てつぎ込んだ者。それが、虚ろの呪術王という男であった。
後方に籠って研究を一心不乱に行う、悪辣なる賢者。これはつまり、前線における戦闘経験の絶対的不足を意味している。
ならば、付け入る隙はある。これが、俺がたどり着いた勝算の根拠であり。イコール、メルトアの勝率の高さの理由である。
『達人』と交戦したとき、呪術王に勝ち目はない。
「――だからこそ、問題はそこじゃない。懸念すべき障害は呪術王本人じゃなく、『奴が作るもの』の方にある。世界警察の連中が警戒しているのがそれだし、メルトアが負けうる理由も、それだ」
無言の俺が何を考えているか、店主には想像がついたらしい。わかったように言葉を継ぐ。
「君も見てきただろう?あんなレンガもどきの魔物を作って小島を改造するなんて、正気の沙汰じゃない。いくら戦闘能力が低くても、呪術王の魔法は神域の奇跡なんだ。それが心血注いで『世界を滅ぼす魔法』なんてものを編み出した。それとメルトアがぶつかったとき――あの女だってただでは済まないだろうさ」
店主は、未だ煙の舞い上がる島の中央を見ながら言った。
『世界を滅ぼす魔法』という胡乱なものの実態は、店主だって知らないだろうが――メルトアが『それ』と接触したとき何が起こるかなど、この島の誰も予想できないことだ。
だから、これは店主の希望的観測だ。呪術王の作品が、あの憎き超人に傷をつけるものであってほしい――という、複雑な感情から来る願望。
「さて、ここまで話せば、君にも想像つくんじゃないかな。僕がこの後どうしたいか」
「――漁夫の利を得たい、ってことだよな。呪術王が保有する魔物とメルトアが極限までつぶし合い、疲弊したところを襲う。呪術王側が勝ったならそれでよし。メルトアが勝った場合、あんたの部下たちが総出でメルトアと戦い、殺そうという算段だろ?」
「そゆこと」
懇切丁寧な解説のおかげで、店主の思い描く作戦が嫌でも想像できてしまう。
自力で勝てない相手なら、自分より強い第三勢力をぶつけて疲弊させ、その上で戦う。自分にかかる負担を軽くした上で、ターゲットと戦ったときの勝率を上げる。裏社会ではありふれた発想だ。
ちなみに、呪術王が勝った場合は、何もせず撤退するつもりだろう。店主からしたら、呪術王を積極的に狙う理由も義理もない。呪術王とメルトアの戦いの結果を見届けたら、対策チームも何もかも放っておいて島を離れるだろう。
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