「『借金取りのメルトア』の使命が『呪術王を殺すこと』っていうんなら、『数字の海』の保有者を利用する必要はない。百歩譲って利用するとして、君を選ぶ必要もない。にも関わらず、あの女は呪術王を利用してまで、執拗に君を戦いに巻き込んでいる。あの女がそこまで君に執着する理由は、何か。僕はね、そいつは『愛』しかあり得ないと思うんだよ」
「は、え…なんで?」
「あの女は、君に狂っているんだ。自分の使命をそっちのけにして、七面倒な手間まで踏んで君を自分の仕事に巻き込んで、呪術王を君とぶつけようとする狂気。そうする理由なんか想像もつかないけど…使命を上回る『熱量』の源泉っていったらそう多くない。『愛』か『憎悪』だ。で、メルトアが君に抱いてるとしたら、『愛』だ」
「……」
「めちゃくちゃ仲良かったじゃない、君ら?『借金の取り立て』なんかそっちのけの、甘ったるい逢瀬だったそうで…面会を見張ってたうちの部下は、毎度『何を見せられてるのか』って愚痴ってたよ」
店主はカカッと笑った。
――あんたをからかえて、いい具合に気分良くなったわ。
メルトアの声がフラッシュバックする。
そう言ったメルトアの顔は、戦士特有の殺気が消え、穏やかな、されど寂しそうな笑顔を浮かべていた――
そうか。他人から見れば、俺とメルトアの面会は、『逢瀬』に見えたのか。
目の前の景色がぐらりと歪む錯覚を覚えた。
第三者からの嘲りを受けたことで、尚更自覚させられた――自分の経験してきた状況の滑稽さを。
金策を巡って馬鹿な言い合いをしたのも、家族をだしに脅されたのも、メルトアへの反抗も、全部。ヒトから見れば、ただのじゃれ合いでしかなかった。
我が二年間の奮闘は、『借金取りのメルトア』という世界観に酔った俺の見た、幻に過ぎなかった。
「――もう、わかるよね?あの女から見た、君の価値が」
凶悪な笑みを顔に張り付け、店主が勝ち誇るように言う。
「あの女がこうまで執心する男を突き出されて、無視する――なんてことは、あり得ない。影の如く顔のない女の、唯一の泣き所。それが君だ。
呪術王とメルトアの交戦において、呪術王がどれだけあの女を消耗させてくれるか、だけが不安材料だが…君というカードがある限り、あの女は僕たちに手出しできない。君を盾にして迫れば、あの女は自分ら身柄を差し出すだろうさ。あとは煮るなり焼くなり、僕の好き放題だ」
店主は目をぎらぎらさせて、部下たちに号令する。
俺の背中に乗る頭領の男を除く、全ての忍者装束のエルフたちが、黒々とした殺気を放つ。
「全ては今日っ!!決着がつく!!二年前、裏社会において敵なしだったお前たちを悠々と制圧し、忘れ得ぬ屈辱を与えたかの魔法使いが、呪術王と雌雄を決したとき!!疲弊した奴を殺して解(バラ)して並べて揃えて晒してやろうぞ!!!それができる切り札は、我が手の内にある!!!裏社会で生きる者の恨み、奴にしかと刻みつけてやろう!!!」
戦に望む兵士のような鬨の声は上がらない、が。忍者たちの殺気が、更に色濃く沸き立った。
それは店主が言うような恨み辛みの激情ではなく――虫のような冷酷な機構の駆動音のようであった。
異様な冷気に包まれる場所において、俺は直感した。
こいつらをメルトアのいる場所に行かせては、ダメだ。
行かせたら、メルトアが破滅する。多分、俺も。
この場において、俺がやらなきゃいけないことがわかった。
俺は、俺の持つ全てをつぎ込んで、こいつらを食い止めねばならない。
二年間、この男に翻弄され続けたツケの精算を、今ここでやるのだ――
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