――〇月×日 土曜日 朝十二時五十分。
「――俺を人質にするっていう話だけど」
俺は反撃の口火を切った。
店主は、片眉をわずかに持ち上げたが、特に何も言わず話を促した。
同時に、周囲の忍者たちの冷たい視線が、自分に集中するのを感じた。
嫌な汗が流れそうになる――彼らは皆、俺などよりはるか格上の猛者なのだろう。一歩間違えれば、身体をバラバラにされそうな緊張感が場に満ち満ちていた。
でも行くッッ。
「その話を承諾する前に、確認したいことがある」
「……ほーう?」
店主は意外そうな声を上げる。続けて、と手を差し出した。
まずは胸をなでおろす。ここで強引に口を塞がれたら一巻の終わりだった。
まだ何も話が進んでいないのに、店主の一挙一動に心臓がバクバクする。
「メルトアへの復讐をすることが、おっさんたちの目的?」
「そうだよ」
「メルトアは怪獣みたいな達人で、おっさんの部下たちがまともにぶつかっても勝ち目が薄いから、呪術王と削り合った上で勝負を仕掛けたいと?」
「そう。遺憾ながらね」
「だったら、装備で手を抜けるわけないよな――おっさんの部下たち、最新の装備を揃えてるだろ。全員」
「……よく気付いたね」
店主はわずかに驚いた表情を浮かべた。
俺は改めて、周囲にはべる忍者たちを見回した。
地面に押し付けられているから、全員の様子はわからないが…首を回してわかる範囲だと、忍者は三人いる。装束はそれぞれ黒、藍、白桃。
黒の一人は腰に短剣を装備している。種別はポイズンスケイル。バザー価格は星三つの品で約二百十万。盾なし。
藍の一人はムチ。あれはフリーズウィップだな。同じく星三つで約百九十万。
白桃の一人はファンタスティックという短杖。同じく星三つで約百八十万。
防具は…全員色が違うだけで、見た目は同じエルトナ式の軽量甲冑に見えるけど、恐らくドレスアップで見た目を変えている。装備品の重要度は武器より防具の方が上だ。武器を最新作で揃えておいて、防具は安物ってことはないだろう。一例で、最新装備の獄獣のケープ一式で約六百四十万。当然星三つの場合。
つまり、一人頭の装備品の費用は約八百二十万から八百五十万ゴールド。アクセサリー類は金で買えないもんも多いから除外するとしても、相当な金額だ。
これを『おぼろ忍群』の人数分用意していると思われる。忍者たちが全部で何人いるかわからんが、十人としても八千万を超える費用がかかることになる。人数が増えるほど費用は飛ぶ飛ぶ。下手したら億に届く。
俺なんかめまいを覚える額だし、いくら裏クエスト屋とはいえ、おっさんにとっても軽い金額ではないだろう。
それだけの額を、このおっさんはメルトア討伐のために投資している――おっさんの言を信じるなら。
「――結構な金が飛んだはずだよな…なあ、おっさん。復讐が目的って、それ、本音か?」
「…………」
店主は黙っている。図星なのか的外れなのか、表情からは読み取れなかった。だが沈黙は肯定とみなす。
俺が出した装備の概算から、店主の言に違和感を覚えた。
俺の知る店主というオーガは、守銭奴だ。ヒトの情より金を取る軽蔑すべき男。換金可能と見れば他人を売り、金のなる木と見れば他人を買う。パン一個の売値を十ゴールドでも高く売る方法を模索する者。
そんな男が、復讐なんて金にならないことをやって、ただ無駄金を浪費するだろうか。
断言できる。否。この男に限って、一銭の得も見込めないことをやるはずがない。
恐らく、復讐はただの口実。「この小僧(=俺)に教えるまでもない」という、侮りから来る説明の省略。
この店主と忍者たちは、メルトア討伐の先にある『何か』を見越して、メルトアに挑もうとしているんだ。その目的は何だ?
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