***
――〇月×日 土曜日 昼十三時。
日の元において逢魔が時、迫る。
パァァァァンッ、という平手打ちに似た破裂音が呪術王のアジトに響いた。
アジト内、とある研究室。中央に置かれた台座のような装置は、アジトで最も大きな魔導機械だった。
他の部屋よりひと回り大きいその場所において、呪術王は血を流して倒れ込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアア!!!」
呪術王カワキがけたたましい悲鳴を上げる。
その右肩からは、おびただしい量の血が流れだしている。体内に溶けた鉛をねじ込まれたような激痛に、呪術王があえぐ。
「ひっ、ひ…痛い痛い痛い痛い痛い痛い…ベ、ベ、ベホ、ベホ、マ<完癒呪文>…!!!」
痛みに口が引きつりながら、呪術王は自分の身体に回復呪文をかけた。肩に空いた孔はすぐに埋まり、血の流出も止まった。しかし、意識を刈り取るような痛みは引くことはなく、ズキズキと呪術王を苛む。
傷を負うこと自体、何年ぶりかもわからない。アストルティアに降り立って以来、スクラクスト<過剰防壁呪文>や防御呪文の数々を貫通し、傷を負わせるほどの敵など、未だかつていなかった。
「おま、お前…今、今…何をしやがったァ…!!?」
冷えた頭脳が恐怖で染めつくされそうになる中、呪術王は背後の――影のような女に問いかけた。
影は、何も答えない。
影はゆらゆらと煙りながら、研究室の入り口に立っていた。
この研究室の入り口はひとつしかない。ルーラ<転移呪文>を使わない限り、もう呪術王に逃げ場はない。
呪術王は、背後の魔道機械にもたれかかり、何とか上体を起こした。
負傷する直前、メラ<火炎呪文>とヒャド<氷針呪文>の魔力を感じ取った。その組み合わせから、とある攻撃手段を連想する――が、すぐさま頭から振り払った。
呪文使いの王としてのプライドが、目の前の人物が『その呪文』の使い手だと認めるのを許さなかった。
数ある呪文の中でも、呪術王にすら再現ができなかった超高難度の呪文。そんな奥義を、この影の如き女が使うなどと認めたら――呪文使いとしての敗北が決定的になってしまう。
誰の差し金なのか――とか。自分を殺そうとする理由はなんなのか――とか。当たり前の疑問が次々と浮かんでも、呪術王はそれらを口にしなかった。問うたところで、凡庸な理由しか出てこないだろう。
尋常の組織や国家が目を剝くような所業を繰り返してきた自覚はあった。アストルティアを鏖殺するという呪術王の野望を知って、阻もうとしない者がいない方がおかしい。呪術王は当然その存在を意識していたし、いたところで大した問題ではなかった。自分の発明の数々をもってすれば、そのような輩を返り討ちにするなど造作もない。そういう絶対の自信があった。今日このときまでは。
最悪の計算外だったのは。呪術王の能力を全て跳ね返すような、埒外の怪物がこの世にいたこと。
故に、口にすべき疑問はひとつだけ。呪術王は叫んだ。
「――お前は…何者だっ!!?こ、ここまで俺の城を滅茶苦茶にして!!魔物どもを皆殺しにして!!俺をも殺そうとするお前は、何者なんだっ!!?影の奥にいるお前は、誰だ!!?」
呪術王の問いに、影は答えない。わずかばかりの沈黙の後、呪術王の目の前に『文字』が浮かんだ。
『正体というほど、大したものはない。私はただ、つまらないものだ。君のような、踏み外した転生者を殺すものだ』
「…なん、だと…?」
予想していた答えとは違うものが出て、虚を突かれる。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7616213/