俺は今になってやっと、呪術王の聡明さに舌を巻いた。
呪術王の話は、全部本当だろう。この島に集った何もかもが、『メルトア』という影の思惑通りに動いているなら、俺と呪術王の戦いも、闘鶏やコロシアムの賭け試合とそう変わらない。
そんなにも、顔も見えない誰かの手の内で踊り狂っておいて、恥ずかしくないのか?と、そう言いたいのだろうさ。
あえて言おう。どうでもいいと。
「俺がここに立ってるのは、極めてシンプルな目的のためだ。影がどうだのなんだの、俺にとっちゃどうでもいい」
「――なんだよ、目的ってのは」
「大した話じゃない。屈辱を受けた相手には、わき目も振らず拳骨かましてやるって決めてんだ。そのためには戦場くんだりまで来るやつがいるって話」
「そうか、くだらないな」
「メ…例の女については同感だよ。助けられたとはいえ、あいつを色々問い詰めたいのは俺も同じだ。ただ、それはお前との喧嘩をやめる理由にならないってだけだ」
「……」
「お前の『野望』の仇は俺が取る。だから、とっととくたばれ」
俺の勝手な宣言に、呪術王は怪訝そうに眉を上げた。特に感想はなかった。
もう、言いたいことはそんなに残ってないが。あとひとつだけ、懸念を片づけておこう。
「ちょーっと、引っかかってることがあってな…お前、俺がガタラにいるっていうの、どうやって調べた?」
「……そうだな、お前の頭に『数列』を埋め込んでいたことは、もうわかってるんだろ。簡単に言えば、その魔力の痕跡をたどった。世界の反対側にいても探知できる。わかるのは村とか町とか、大雑把な座標だけだがな。あとは歩いて、『数列』を宿す人間を目視で探すしかない」
それがどうした?と、呪術王が視線で疑問を投げかける。
ああ、わかった。もういい、たくさんだ。いい加減にしろよこの野郎――
「……魔法を使わないと俺を探せなかったということは、てめえ――俺の顔を『覚えていなかった』な?
おかしいと思ったんだよ。昨日の昼、図書館で思いっきり顔を合わせておいて、その場で襲わなかったのは……」
「…あ、ああー。そうか、そういえばいたな、あの図書館に。なんだ、目の前に『数列』があったのに、俺はスルーしていたのか。そりゃあ、おかしいと思って当然だ」
素っ頓狂な声を上げて、呪術王が素直に驚いた。怨嗟にまみれた先刻からは想像もつかない、さわやかな表情だった。
「確かに不思議だ、なぜ視認したのに『数列』に気付かなかったのか…ああ、くそ。きっとそれも、あの女の仕業だな。鉄の箱に携帯電話を入れるようなものか…魔力検知を妨害する策なんていくらでも…」
「――後学のために、一個言っておくよ」
自分で奥歯を噛み砕くかと思うほどの歯ぎしりを、渾身のチカラでこじ開けて、俺は声を絞り出した。
「大抵の奴はな――顔もろくに覚えてない奴に殺されかけて許せるほど、ヒトができちゃいないんだよ!!」
俺は拳骨を握って、咆える。
「ぶち殺してやる!!!」
「――初めて、意見が合ったな」
呪術王は、不気味なほど表情を変えず、冷えた視線で俺を舐めるように見下ろした。
呪術王が大人しく会話に付き合っていたのは、何も怒りが収まったからではない。ここまで会話していたのは、最後に残った理性の上澄みだ。
奴はその実、態度や表情に反映する余力がないほど――ブチギレていた。
「俺も、お前をミンチにしてやりたいんだよ!!!」
バンッと、脚を踏み込む音が二つ、倉庫に響いた。
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