***
――〇月×日 土曜日 昼十四時十五分過ぎ。
びり、という空気の痙攣に気付いたのは、フィンゴルとポポム、そして『神狼』ガイアのみだった。
オールドレンドア島の浜辺は、凄惨な有様だった。砂浜はあちこち陥没し、一部は海水が流れ込んで地形が変わっていた。植林されたヤシの木はほとんどへし折れ、風光明媚と謳われた景観を完膚なきまで破壊していた。
その惨状のあちこちに、対策チームの面々が倒れ伏していた。腕がへし折れ、足が折れ曲がり、息はあれど血を吐く者が多数。未だ五体満足で立っているものは、全体の六割程度であった。それでも、死んだ者はいなかった。
世界屈指の豪傑と讃えられるフィンゴルすら、大いに傷つき、片膝を地面に付けていた。加勢に入ったポポムとガイアもぼろぼろ。警視正ベレーは戦線離脱し、陣の後方で昏睡していた。
その惨状においてすら、何かが何かに『勝った』と実感させる変化があった。
彼らが戦っていたもの。最初『しん・りゅうおう』と呼ばれ、今は違うもの。
フィンゴルの神がかり的な猛攻によって次々死に、なおも立ち上がって変身を繰り返し、対策チームを蹂躙したもの。
伝説にある破壊の使者をかたどったそれ――『ジェノシドー』を殺し、『アスラゾーマ』を殺してさえ止まらず、ついには『サイコピサロ』となって、フィンゴルすらなぶったもの。
桃色の鎧をまとって、闇の眼光を宿して、六メートルもの巨躯を駆って暴れた怪物は、今。
『■■■お■■■お■■■■■げ■■■■■おあがががっが■■■げぶ■■■ご■』
――吐き戻していた。
真っ黒い液体のような吐瀉物が、怪物の口から大瀑布のようにあふれ出し、砂浜を濡らした。吐瀉物は落ちたそばから蒸発し、得体の知れぬ蒸気を周囲にまき散らした。
そして怪物本体は、黒い液体を吐き出すたび、大いにのたうち回り、苦しむように身体を痙攣させた。
世界の何もかもを破壊し尽そうとでもいうかのような『幻覚』も殺気も、今や影も形もない。
「……演技じゃないのよね、あれ……!!?なんでいきなり死にかけてるのよ、あいつは…!?」
唐突に訪れた怪物の変調に、誰よりも当惑したのはポポムだった。
何かしらの活動限界が来た?それとも、体内にため込んだエネルギーを使い切った?いや、あの意味が分からないくらい膨大なエネルギーが、こんな短期間で枯渇することがあるか?じゃあ、生体機能の故障?
頭の中で仮説の立案と却下を何度も繰り返すが、情報が少なすぎて結論が出せなかった。傍らの大狼も、黙って怪物を見つめるのみである。
「落ち着け、ポポム。理屈は知らぬが、ああなった理由は明白だ」
一方のフィンゴルは、泰然とした態度を崩さず、ポポムをなだめた。
訝しげな目線をよこすポポムに、フィンゴルはぼそりと言った。
「どうやら、勝ったようだな、彼が。悪くない手際だ」
それだけ言うと、フィンゴルは宮殿の大黒柱のような金棒を、手の中でぐるんと回転させ、その真ん中辺りで握り直した。
そして、身体を大きく開き、腕を引き絞る。バリバリとひとりでに帯電を始めた金棒は、特大の投擲槍のようだった。
狙う先は、怪物。未だのたうち回る怪物は、不明瞭なつぶやきを漏らした。
『ハカイセヨ■げ■■■マルタヲ■■幸せな町を■■■■ホロボセ■■■作りたい■■ワレラ■■ハザマノヤミノ■■げぼ■■■次は噴水を■■げげげげ■■ハカイノミツカイ■■水を引かなきゃ■■■カワキさま』
「今、楽にしてやる」
巨漢がずん、と足を踏み出す。銅像のような巨大な筋肉がしなやかに駆動する。
「ギ」
振りかぶった右腕が、弓のように弾かれる。上半身が右から左に回転し、
「ガ」
帯電する鉄塊が撃ち出される。雷の魔力が、鈍重な金棒を神速の弾丸に変貌させる。
「スロー」
ボンッッという空気の爆発が、大空を引き裂いた。
触れるもの全てを消滅させる砲弾が、怪物の顔面に叩きつけられる。ぼりぼりぼりと凄まじい音を出しながら、砲弾が怪物の肉を引き裂き、背後まで貫通した。
頭を失い、六メートルの身体を真っ二つに引き裂かれた怪物は、ぐずぐずと残った肉を蒸発させた。
金棒が次元の壁を破って進み、ねじ曲がった空間を通ってフィンゴルの手元に戻る。ばちんっというけたたましい音が、フィンゴルの手のひらから響く。
もうその頃には、怪物の肉体はすっかり消え失せていた。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7636360/