「正式な役職名は、実はなくてね――雇い主からは、単に『暗殺者』と呼ばれている。いにしえから連綿と続く、とある王国の『悪習』だ。
任務は『転生者を殺す』こと。転生者。聞いたことあるかい?この世には、一度死んでも死に切れず、神の奇跡を宿して蘇る人種がいる。とある賢者は『生き返しスト』なんてダサい名前を付けていたりするが、まあ、そういうやつらだ。このアストルティアで死んだやつが転生するのが普通だが、中にはこの世ならざる世界――アストルティアでも魔界でもない『どこか』の死者が、なんの因果かこちらで生き返されるってこともある――らしいよ?眉唾な話だけどね。
この『転生者』というのが厄介でね。世のためヒトのため、魔物退治や世界の難局に立ち向かってくれるなら問題はないんだが――たまに、アストルティア社会に牙をむくやつがいる。奇跡の代償なのか、一度死んだという記憶が彼らを苦しめるのか。詳しいことはわからないが、彼らは狂う。狂って、アストルティアを滅ぼそうとする。そうなった転生者を殺すのが、私の役回りだ」
「――おとぎ話でもしてんのか?じゃなきゃ、あんた…」
「わたしが狂ってるって言いたいなら、否定はしない。狂ってなきゃこんな任務は受けない。
相手は、時代が時代なら英雄と呼ばれる類の傑物どもだ。万策尽くしてやっと殺せるような、厄介なやつらだよ――あの呪術王カワキみたいにね」
「――あ」
俺はカワキの名を聞いて、やつが「ニホンから来た」などということを言っていたことを思い出した――どう見ても錯乱していたから、うわ言としか思ってなかったが。
死んだやつが生き返る、このアストルティアじゃない世界がある――なんて眉唾な話を信じたわけじゃないが、そこを除けば、なるほどカワキのような破綻者を放置できるわけがない。あのような狂った冒険者を始末するのが、この女の使命というわけか。
そして、俺はそんな闇の始末屋が、裏社会でどのように呼ばれているか知っていた。
曰く、違法を裁く無法。曰く、千の影を渡り歩く魔人。曰く、最強の暗殺者。二つの角を持つ怪人、深淵より裏社会を監視する暗殺者の王。その通り名を『二本角のキリン』という。
「じゃあ、あんたが『キリン』ってやつなのか?」
「ん?ああ、そういう噂もあったっけ。裏を裏から監視する暗殺者の王――ね。裏社会の大物ばかり始末していたから、色々な伝聞が混じって御大層な異名が付くこともあるか。
わたしはそう名乗った覚えはないけど――どう?なんならわたしのこと、キリンとでも呼んでみる?どうせなら呼びやすい名前があった方がいいだろう?メルトアでもいいけどね」
女は心なしかウキウキと答えた。暗殺者の王と呼ばれても、別に喜ばしいことではないだろうに。
確実なのは、こいつはこの場で、本当の名前を俺に教える気はないということだ。だったら、別に好き勝手呼んでもよかろう。
「――じゃあ、キリンにしとこう」
俺がそのように答えると、仮称キリンはニヤッと笑った。
メルトアの方が口なじみはいいのだが、カワキの愛人だったメルトアとは別人であるとわかった今、そのように呼ぶのは適切とは思えなかった――死者の名前で生者を呼ぶのは、不吉というかバチ当たりだ。さすがにカワキにも本当のメルトアにも失礼が過ぎると思う。
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