「以来、わたしのオーダーの優先順位は、『暗殺』から『君の支援』に変わった。家族と仲違いした上、人事不省となった君を回復させ、帰るべき場所へ帰れるように助けるのが、わたしの役目となった。
カワキを捕らえた今、君は世界警察から実力を認められる立場となった。その名声を使えば、君が表社会の真っ当な仕事に就くのも簡単だ」
キリンの言葉に、俺は目を剝いた。
俺を表社会に戻すため、自分の使命を放棄し、二年追い求めた宿敵を差し出した。キリンはそう言っている。
信じられない。何がそこまでさせるっていうんだ。
「――手柄を譲ったっていうのかよ。よりにもよって、俺に」
「そうだ。あのヒトが『君を助けろ』と、そのように言ったのだから、わたしはそれを愚直に守った。これは、それだけのことだ」
キリンは慈しむように俺の手を取った。手袋越しに火照った体温が伝わった。彼女は俺の椅子の脇で、騎士のように跪いた。
「――無事に生きてくれて、よかった。わたしは、使命を完遂できた」
「……ッ」
嘘だろう、といううめきを飲み込んだ。
キリンの言葉に、嘘らしきものは感じられなかったが……それは当てにならない所感だった。
今までの『借金取りメルトア』としての冷酷さと、こちらの身を真剣に案じる目の前のキリンのギャップに、俺はひどく心が揺さぶられていた。何か致命的な問題があったとして、俺にはそれを見抜けるほど、冷静に思考することができなかった。
キリンの言ったことが全て事実なら、彼女は俺の大恩人だ。どんな思惑があろうと、助けられた事実は変わらない。俺は彼女に感謝すべきだ。
――だというのに、この背筋を走る怖気はなんなのだろうか。その正体を確かめなきゃならないと、漠然と思った。
「……情で助けたんじゃないと、そう言ってるんだよな」
「そうだ。任務なのだから、愛してるなどありえない」
「もし、もしもの話だ。二年前、アジトで俺を見つけたとき――仮に、母さんがあんたに俺のことを頼んでなかったなら、どうしてたんだ。その場合も、俺を助けたのか?」
俺の問いに、キリンは一拍、停止した。どっかの伝説にあったような、石に変じた魔物のようだった。
わずかな空白を経て後、キリンは淡泊に答えた。
「いいや、その場合、わたしの使命は『転生者の暗殺』のままだった。君のいた地下牢に向かわず、カワキを探しに行っただろう。その間に君が死んだとしても、わたしには関係のないことだ」
「…………そうか」
俺は深い落胆と共に頷いた。そっと、キリンの手を振り払った。
つまり、キリンが俺を助けたのは、ただそのようにせよという、命令があっただけのことだったのだ。
キリンは本来、私情など一切挟まず、雇い主の命令通りに敵を殺す、自動機械のような存在なのだ。俺や母と関わったことで、『王国』とやらの命令を無視するしっちゃかめっちゃかを起こして尚、その根っこには冷酷な機械性があった。殺し屋としては、それが正しい在り方なんだろう。
俺はただ、ボタンの掛け違いで生かされていただけだったんだ。
「――キリン。俺はあんたに感謝すべきなんだろうけど……正直、俺はあんたが怖い。命令通りに殺しもし、生かしもするあんたが」
言葉を絞り出す俺を、キリンは静かに見守った。
「それに、この二年間、裏社会で生きてきて……あんたに助けられたせいで、俺は無用な犯罪に走ることになった。あんたが俺を、犯罪に身をやつすよう仕向けたのは、どうしても許せない。
裏クエストで鍛えられて、身体の回復を果たしたってことが無視できないから、一概に責めることも言えないけど……少なくとも、このままの関係を続けることはできない。
俺は今後、裏社会とは縁を切る。あんたとも裏クエストとも、関わるのはこれが最後だ」
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7711915/