「ふおおおお!!ふんぬおおおおおお!!!!!」
「……ジャック?」
天を衝き奈落の底を掘る自分の不甲斐なさに悶絶する俺に、控えめに声をかける人物がいた。ただでも憤死ものの痴態を他人に見られたことで、更なる恥ずかしさのエンドレススパイラルに巻き込まれそうになるが、渾身のチカラを込めて顔を上げた。
その人物は壮年のドワーフだった。ふさふさとした頭髪は真っ白で、緑地の肌とのコントラストが際立っている。鼻眼鏡をかけ、理知的な表情はいかにも学者感が漂っている。なんだか見覚えのあるドワーフだ――という思いはすぐに失せた。
「……父さん?」
俺が名前を呼ぶと、父はニッと嬉しそうに破顔した。
「やっと帰る気になったんだな、ジャック」
――軍を引退し、比較的早い隠居生活を送る母と違い、父は現役バリバリの商人である。普段はガタラ市内にある商館本部で働いており、日中帯に家に帰ることは珍しい。その日はたまたま市内の食堂ではなく、住宅村にある小さな居酒屋で昼食を取ろうと移動していたところで、無様に逃げ帰る俺を発見したのである。
俺が落ち着いた後、公共のベンチに父と揃って座り、事の次第を手短に伝えた。母に追いかけられて逃げ帰ったくだりでは、父は呆れながらも腹を抱えて笑った。
「いやはや……昔から小心者とは思っていたが、そこまでかい。未だに母さんが怖いか」
「そりゃあ……はっきり言えば怖いよ。母さん、まだ鍛えてるんでしょ?面と向かって逆らったら、ぶっ殺されるに決まってる」
「おや、怖いのはそこか?それは今さら大した問題ではないだろう?」
「え。どゆこと?」
「……本当に気づいてないのか。まあ、わざわざ説明はしない。ジャックなら、ちょっと考えればわかることだ。
思うに、ジャックが恐れているのはもっと別のことだろう?積んできた悪事を、洗いざらい話さないといけないこととかだ」
「……」
「先に言っておくと、ジャックがあまり褒められない仕事をしていることは、父さんも母さんもなんとなく察しているよ。君がスラム街に出入りしていることは、市内でもそれなりに噂になっているからね」
「……その割には、あんまり怒ってないように見えるけど」
「正直に言えば、怒っている。なんぞお金に困ってるなら、裏の仕事に手を染める前に、父さんたちに相談してほしかった。そんなに僕らは頼りないと思われているのかと、二人揃って落ち込んだ夜もあった。
しかし、ジャックとしてもやむを得ない事情があるのではないか……と思い直した。何しろジャックのことだ、単なる金欲しさに悪事を働くたちではない。自分の命や名誉を守るために戦っているなら、家族に助けを求めるような真似ができないこともある……と、そんな風に考えることにしたんだ。
実際、マヨにも『何も聞くな』と言ったそうじゃないか。ジャックの覚悟が固まっている証拠だ」
「……マヨか」
「『ジャックがなんかヤバいことに巻き込まれてる』と聞いてる。あの子も随分心配していたよ」
マヨとは、ドルワーム王国へ留学している俺の弟の名前である。三日前に再会した際、色々あって喧嘩別れしたのである。そういえばそんなこともあった。
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