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我が母、エレン・ルマークが世間に知られるようになったのは、概ね下記のような経緯である。
約二十年前、国家対抗剣術試合で成果を上げた母は、当時のグレン国王直々にスカウトを受け、グレン国軍に入団した。治安維持部隊に配属され、グレン領の巡回と魔物の討伐を任務としていた母の元で、ある日事件が起こった。
グレン領の有名な魔物に『キングリザード』という竜がいる。緑の鱗を持ち、二本の足で巨躯を駆り、手に持った宝珠のチカラで猛威を振るう、領内でも上位に位置する危険な魔物である。宿屋協会規定の推奨討伐レベルは五十とされている。
俺がゴズ渓谷で出遭ったカイザードラゴンの原種で、強さは幾分劣る。しかし、生息域が比較的人里に近いせいで、グレン領の住人を襲う事例が多い。グレン領を行き来する商人が運悪く鉢合わせ、キャラバン隊ごと全滅する……ということがよくあった。現代よりも冒険者の平均レベルが低かった時代において、世界的にも危険視される領域の魔物だった。
その日、母が属する部隊が出遭ったキングリザードは、その中でも、指折りの個体だったらしい。
四パーティ構成、母含め合計十六人の部隊が、グレン領内のとある渓谷でキングリザードと交戦し――惨敗した。前衛の戦士たちが次々と戦闘不能へ陥り、後衛の魔法使いにも被害を出した段で、部隊長は退却を決断した。
壊滅した部隊が退却するに当たり、その殿を母が一人で務めた。既に重傷を負っていた母は、おざなりな治療を経て、生き残りの部隊員たちを背中で送り出しながら、キングリザードの前に立ちふさがった。
背水の陣を敷く覚悟で臨んだ決闘、キングリザードとの血みどろの死闘を、母は制した。激戦の果てに切り落とした竜の首を持って、母はグレンの城下町へ帰還した。
母を城で出迎えた部隊員とグレン国軍たちは、母の死闘と見事な技量を称えて、母を『地上最強の軍人』と呼んだ。
戦士職にあった当時の母の職業レベルは、三十。
母は自身より二回りも強靭な魔物を、剣の技術のみで打倒したのである。
その後も母は身体と技を磨き続け、当時の世界最高峰であるレベル五十に到達してしばらく後に、グレン国軍を退役した。以降、現在に至るまで穏やかな隠居生活を送っている。
いかに地上最強と呼ばれようと、ひとたび鍛えるのをやめれば、日々熾烈な戦いに挑む冒険者との差は開く一方になる。冒険をやめるとは、超人への道を自ら閉ざすことに他ならない。魔物のいない環境で鍛え直しても如何ともしがたい、深い溝だった。
いつかの自分の到達点を超え、遥か彼方を目指して走り去っていく若者を、何人も見送っていく。そんな老後だった。
――当時の俺のレベルは、バトルマスター職で六十あった。
もちろん職業が違うので単純な比較はできないが、少なくとも数字だけは、母の記録を超えていた。
俺のレベルを母に教えたところ、母は「やるじゃん」とだけ言い、俺の背中をバシッと叩いた。
英雄への歩みをやめたことを、微塵も後悔していない、晴れやかな笑顔だった。
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