今回のオチ……というか、それからのことについて。
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『せいたかオルド』というおとぎ話がある。
神代から二、三世代後の子孫たちの時代、オルドというオーガの若者がいた。その体躯は文字通り山に匹敵する大柄であり、巨漢揃いのオーガの間でも飛びぬけてでかい。わざわざあだ名に『背高』(せいたか)と名付けられるほど、並外れた巨体だったのである。
とはいえ、おっとりした性質であったオルドは、何をするでもなく、その巨躯を山々の間におしこめて、食っては寝てのぐうたらな生活を送っていた。ただ図体のでかいだけの怠け者と軽んじられたオルドは、オーガたちの間でもすぐさま忘れられた。
その数年後、オルドののんびりとした人生に転機が訪れる。
オーグリードの名もなき雪山の奥地から、『てつのめがみ』という巨大な魔物が現れた。山の如き身体は、山より硬い鋼鉄で出来ており、背には巨大な刃を背負っている。日に千里を飛ぶ『てつのめがみ』は、その身体を山々にこすりつけて削り取り、日に千里の荒れ地を作った。山に引きこもって暮らすオーガや生き物たちも、山もろともすりつぶされて死んでいった。
困ったオーガたちは『てつのめがみ』を追い払おうと、武器を持って挑んだものの、『てつのめがみ』の持つ鋼鉄の身体は、オーガの鉄槍や剣では傷一つ付かない。武器を折られたオーガたちは、命からがら逃げ帰ることしかできなかった。
時同じくして、オルドの寝床であった山々も、『てつのめがみ』の通り道となり、何もない平野となった。枕を失ったオルドは大いに嘆いて怒り、『てつのめがみ』に復讐を誓ったのである。
オルドは削れた山々の跡地から鉄鉱石を拾い集め、山奥にあるオーガの集落を訪れた。オルドは驚き戸惑うオーガたちを押しのけて、村一番の鍛冶屋にかき集めた鉄鉱石を渡すと、『「てつのめがみ」に鉄鎚を下せるような武器を作ってほしい』と頼んだ。その場では頭を抱えた鍛冶屋も、遂には腹を決めて鍛冶場へこもり、一心不乱に鉄を作った。その結果、オルドの背丈ほどもある巨大な錘(ハンマーの一種)を生み出したのである。
喜んだオルドは、生み出された錘を担いで山奥へ赴き、『てつのめがみ』へ戦いを挑んだ。オルドは『てつのめがみ』と出会いざまに錘をぶつけ、その鋼鉄の身体を大地へと叩きつけた。怒り狂った『てつのめがみ』はオルドに体当たりし、反対側の山々ごと吹き飛ばした。オルドと『てつのめがみ』は互いに山のような巨体を震わせて戦った。錘と『てつのめがみ』の衝突で生まれた火花が、ランガーオの雪山を溶かしてはげ山に変えてしまうほどの壮絶な戦いだった。そして三日三晩が経った頃、何万もの衝突でひび割れた『てつのめがみ』の身体が、オルドの渾身の一撃を受け、砕け散った。ついに決着が付いたのである。
『てつのめがみ』が絶命する瞬間、その身体に蓄えられた膨大な魔力が、オルドの身体へ流れ込んだ。三日間続いた戦いで疲弊したはずの身体に、もりもりと剛力が湧き上がるのを感じたオルドは、そのままオーガたちの集落へ凱旋した。オーガたちはオルドの武勇をたたえて、集落の娘の一人をオルドへ贈った。丘のような肩に小さな花嫁を乗せたオルドは頬を赤らめ、山奥の寝床へと去っていった。そのまま夫婦二人、仲睦まじく暮らしたそうである。
一方、砕け散った『てつのめがみ』のカケラたちは、世界へ飛び散って命を得た。鈍色のぷよぷよしたその魔物は、今日ではメタルスライムと呼ばれている。オルドとの戦いに負けたことですっかり臆病になった彼らは、オーガを見ると脱兎のごとく逃げるようになってしまったのだ――という一節で、昔話は結ばれる。
この昔話の真偽は定かではないが、ランガーオ山地のオーガたちの間で長い間語り継がれる逸話である。のちの時代のオーグリードでも、剛力無双を誇るオーガは『せいたかオルドの子供が山から降りてきた』と讃えられ、英雄の器であるとされた。オーガ最強、すなわち『オルドの子』。そんな言説が長く信じられているのである。
あの日、あの戦場には、現代の『オルドの子』が山から降りてきていたのである――そんな男が、今日はベッドに横たわっていた。
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