「俺としちゃ未だに信じられんのだけど……あんたともあろうヒトが、なんでキリンにアゴで使われてるんだ?」
「昔、色々と、ね。私のやり口の師匠なのよ、あのヒトは。呪文の扱いも策の練り方も、未だに敵う分野がない」
ポポムは苦い顔のまま続けた。やはり驚きの情報である。
ポポムが『時の王者』になったのはほんの一、二年前のことだが、冒険者としてのキャリアはそこそこ長かったはず。その戦いの師匠ということは、キリンともかなり長い付き合いということだ。キリンの『協力者』の人脈は、一朝一夕でできたものではないのだろう。
「昔の縁故で無茶な協力ばっかり求められて、結構辟易してる。
実のところ、今回の件も、正直頭を抱えてたのよ。世界警察としての仕事が大詰めになったタイミングで、『あんたを戦場に連れていけ』なんて指令が来たもんだから、思わず指令書を壁に叩きつけるところだったわ」
顔を大仰にゆがませるポポム。情景が容易に想像できる。
「……そういや、不思議に思ってたんだけど、その指令っていつ受け取ったんだ?」
俺は当初から思っていた疑問をポポムにぶつけた。
オールドレンドア島に向かう前日、俺はポポムと遭遇して、『借金』についての相談をしていた。その相談が終わった直後、俺がカワキに襲撃され、ポポムが救援に駆けつけた。相談の時点で、ポポムはこの件がキリン絡みだと知らなかったらしいのだが、そうなると俺と別れた後、カワキと接触している間にキリンからの『指令』が届いたという話になる。この短い間に、どうやってキリンからの連絡が届いたのだろうか?
「あれ、あのヒトから何も聞いてないの、そこ?」
「ちょっと衝撃の話が多すぎて、聞きそびれた」
ポポムは自身の道具袋から、折りたたんだ和紙を取り出し、それを俺の目の前で開いた。
それは、俺の借金証書――三億ゴールドを返済することを約束させられた、偽造書類だった。ポポムとの相談の際に、彼女に預けたものだ。
「これ、キリンからの指令書をカモフラージュしたものだったの」
「……マジか」
「あぶり文字って知ってるかしら。あれの魔力版というか……メラ系の呪文で付けた火であぶった場合だけ、証書の文面が書き換わって、隠された文章が浮かび上がるって寸法。
最初預かったのは、純粋に闇金の証拠として借りただけのつもりだったんだけど……かすかに魔力の痕跡を感じてね。まさかと思って試してみたら、まさかまさかの――ってわけよ」
ポポムは目頭を押さえながら、やれやれと頭を振った。
あの借金証書をキリンから受け取ったのは、ポポムと相談するさらに前日のことだ。つまり、俺がポポムと接触することを見越して、キリンがあらかじめ、この証書を用意していたことになる。
その後、彼女はカワキに自ら捕えられ、オールドレンドア島にこもりきりになった。外部と何かしらの連絡を行うタイミングとしては、俺との会話が最後の機会だったわけだ。
そういえばあの時、『ポポムと会えたら俺の勝ち』……みたいなことをキリンが言っていたな。あの時点で、次の行動を誘導させられていたわけか――改めて、キリンの大胆さと用意周到さに愕然とする。
「なんというか、その……ご負担おかけしました」
「ほんとよ。いっつもろくな説明もなしに、紙越しにありとあらゆる無理難題を吹っ掛けられるからたまったもんじゃない。報酬のひとつもなきゃやってられないわ」
心底忌々しそうに、ポポムは吐き捨てた。目頭を揉みながらしかめっ面を浮かべる様は、これまでの艱難辛苦を偲ばせた。おいたわしや。
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