「……『時の王者』のいさおしは、あんたは読んだ?」
病棟を並んで歩きながら、ポポムが俺に言った。
「まあ、舐める程度には」
自分たちの物語が紙になって残るって、どういう気分なんだろう。ポポムを見るに、かなり嫌なことらしいから、面と向かって聞くことはしなかった。
「フィンゴルは、エクゼリア王国のロディア王女付きの衛士だった――それで察してあげなさい」
「……なんだって?」
驚く俺をよそに、ポポムは足早に病棟を歩いた。
ポポムはそれ以上何も言わなかったが、頭痛を耐えるかのような沈痛な顔を見て、やはり深入りするのはやめておこうと思った。
ロディア。それは確か、『災厄の王』との戦いを予言し、『時の王者』たちを導いた『夜明けの姫』のリーダーの名前だ。最後には自らの身体ごと、不死身の『災厄の王』を封印したという、悲劇の存在。
学者が書き記したいさおしの書からは、フィンゴルたち『時の王者』の細かい心情は読み取れないけれど――当人たちとしては、色々思うところがあったということなんだろうか。
目の前にいる生きた英雄たちに、その内実を聞いてみたいと思ったが、俺如き部外者には、その沈黙した心の扉を開ける手段は何もないのだった。
――後に知った話だが。
フィンゴルたち『時の王者』たちは、再び『災厄の王』に挑もうとしていたのだ。
生き残った英雄たちは誰一人として、あの神話の戦いを「勝った」などと考えてはいなかった。『災厄の王』の封印と引き換えに人並みの人生を失った『夜明けの姫』たちを救うため、『災厄の王』の完全征伐の術を模索していたのである。
それは、封印と共に救われた世界を再び危険にさらす行為であった。当然、アストルティアの国王たちは容易には認めない。フィンゴルたちはそれを承知の上で、世界に『災厄の王』征伐を認めさせようと努力することになる。
オールドレンドア島の戦いから二年経った今も、その挑戦は続いている。きっと、人生をかけた戦いになる。
それこそが、生き残った『時の王者』たちの至上命題――『ドラゴンクエスト』というやつなのだろう。俺などには手の出しようのない、英雄たちの物語だった。
***
閑話休題して、キリンから返却された財産――裏クエスト等の報酬金等、約千五百万ゴールドの行方について書いておこう。
前述した通り、俺はもう金輪際、裏クエスト含む裏社会の仕事には関わらないと決めた。
それ故、正規の手段ではない方法で稼いだ金銭についても、このまま銀行に入れてハイ終わり、としては収まりが悪い。
今まで迷惑をかけて稼いだのであれば、それらは裏クエストに巻き込まれた市井のヒトビトに返金するのが筋である――そう、ポポムと相談した。
そういうわけで、俺はポポム付き添いの元、様々なヒトビトへの謝罪回りを行った。ポポムの言う『外回り』である。
例えば、ガタラ住宅村に豪邸を構える富豪だったり、かつて裏クエストで攫われた良家のお嬢様だったり、コップとテーブルに穴を空けてしまったガタラの酒場の店主だったり――色々なところで平謝りしてきた。
反応もヒトにより様々で、烈火の如く怒られ、罵られることも多かった。全面的にこちらが悪いので、とにかく辛抱強く謝った。
望む者に対しては、貯金から払える範囲でできる限りの補填をした――その過程で、約千五百万ゴールドはきれいさっぱり消えてしまったのである。
あまり語りすぎると美談に聞こえてしまうだろうし、それは俺としても本意ではないので、詳細は省く。
未だに白い目で見られることもあるが、大方謝るべき相手には謝罪して、大方には許してもらえた――とだけ書いておく。
***
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