外回りを開始して数日後、休憩中の食堂にて。
「そういえば、あのコップのことなんだけど」
食事と共に出されたガラスのコップを見て、ポポムがふと切り出した。
「どのコップ?」
「底の抜けたコップのことよ」
「……あ、ああアレか」
あの五百万ゴールドを集めた一週間での出来事――『借金取り』ことキリンと最後に食事をした際、いつの間にかコップの底に穴が開いていた事件のことである。
状況的にキリンの仕業だと思われるのだが、ガラスを破壊するような道具など何もない場所で、一瞬で穴を開けるという芸当がどうやったら成立するのか。ポポムも俺も首をかしげていたのである。
「私もまだ確信はないんだけど、もしもやるならこういうことか?っていう仮説は立てた。暇つぶしに聞いとく?」
俺が了承した旨を伝えると、ポポムは持論の解説を始めた。
「前置きとして、私はあんたから聞いた当時の状況しか判断材料がないから、かなり当てずっぽうであるということは言っておくわよ。
キリンが下手人だとして、その手段は恐らく呪文であると考えると、現場に行っての実証はまず不可能。犯行から数日経ってるから、魔力の痕跡も霧散しているはずだからね。だから今さら、この件でキリンを訴えることはできない――まあ、酒場には既に謝罪を入れてるから、もうどうでもいいっちゃいいけど。今となっては、一個の仮説以上の意味合いはないわね」
「俺もこれ以上、どうこう言う気はないからいいよ」
「では次に、状況の復習。
あんたは当時、キリン扮する『借金取り』メルトアと口論となり、席から立ちあがって彼女の胸倉を掴んでいた。この間、テーブルに置かれた氷入りのコップから目を離していたため、コップの詳しい変化は不明。
殴り合いになる直前、テーブル上で異音――パァンッという甲高い破裂音が突如発生し、あんたは一瞬硬直した。その後、メルトアはやんわりとあんたを諭し、喧嘩は回避。そのままメルトアは現場を去った。そして現場に残されたあんたは、コップの底と、その下のテーブルに穴が開いていることを発見した――と。ここまでOK?」
「やんわりじゃないけど、まあ大体合ってる」
「うん。では続いて、推論。
事件当初、あんたとキリンに近づいた人物は、店員含め一人もいない。故に第三者の関与はない……ものとする。例えば現場に『キリンの協力者』がいて、そいつが遠隔で茶々を入れた可能性は否定できない……が、突発的に起こった喧嘩だから、そんな即座に対応できたとも考えにくい。裏取りする意味もあんまりないので、今回の推察では無視する。
ここから、穴開けの犯人はあんたか、キリンのどちらかに絞られる。そもそもあんたが申告した事件だから、あんたが犯人である可能性は低い。スキル面でも『一瞥もせず、コップに精巧な穴を開ける』という芸当ができるとも思えない。つまり、十中八九キリンが犯人である……と断定しちゃいましょう。
で、問題となるのは、コップに穴を開ける方法について。事件当初のメルトア=キリンはあんたに釘付けになっていたため、コップに直接触って破壊することは不可能。キリンは基本、武器を持ち歩かないため、穴開け用の工具を当時持ち歩いていたとも考えにくい。持っていたとして、一瞬で穴を開けられるようなものではない。キリンのスキルと性格を考えても、その方法は呪文であると考えられる。
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