「時間が経てば、メラは<拡張>クモノの糸を徐々に焼いていく。そんなに長い時間を待たず、糸は限界を超えて切断され、メラを真下に落とす。自由落下する火の玉はやがて……」
ポポムは、持っていた本の高度を下げ、木の玉をコップにゆっくり入れた。コップのふちと木の玉が触れ合い、コッと硬質な音が立つ。
「コップの中に落ちる。この玉はコップのふちで止まったけど、実際の火の玉は時間経過でもっと小さくなっているから、このままコップの底面まで届いたのでしょう。
その先には、溶けて小さくなった氷のかたまり。火の玉と氷が触れ合い、ある現象を起こした……わかるかしら、この組み合わせ」
ポポムはそこで言葉を切り、唐突に俺に話を振った。
意見を求められても困るんだけど……と返そうとした俺は、ほんのちょっとだけ考え込んで、とある可能性を思いついた。
『火』と、『氷』。つまり、メラ<炎熱>とヒャド<氷雪>の魔力の衝突。
物理現象だったら、お湯が出来て終わりの組み合わせだが、魔力で生成されたそれとの組み合わせであれば話が変わってくる。
曰く、純粋な火炎の魔力と、純粋な氷雪の魔力をまったくの等量で衝突させた場合、そのエネルギーは極光――強烈な光エネルギーに変化して、爆発的な破壊力を生む。
古い戦記に語られる大魔導士が生み出したという、究極の攻撃呪文。その名をメドローア<極大消滅呪文>という。
「……その、まさかとは思うんだけど。メドローアを使ったって言ってる?」
「当たり。よく知ってるわね」
「……誰が信じるかよっ、そんな話!古い吟遊詩人のほら話だろ、メドローアなんてもん!!」
俺は思わず声を荒げた。メドローアはいろんな伝説やおとぎ話に引っ張りだこの奥義だが、実際に使ってる魔法使いなんか、見たことも聞いたこともない。
ルーラストーンじゃないルーラ<転移呪文>とか、古代呪文を使ったって言った方がまだしも信じられるってもんだ。いくらなんでも荒唐無稽すぎる。
「いや、メドローア現象自体は立証されてる、実在の魔法現象よ。ドルワーム王国の水晶宮では、魔道機械を介して魔力を精密にコントロールすることで、メラ・ヒャドの対衝突による消滅現象の再現に成功してる。その際、平手打ちにも似た、乾いた破裂音が実験室に響いたそうよ。
『まったく等量の魔力』ってとこが、ただただ本当に難しいのよ。二種類の魔力が、誤差コンマ以下三桁オーダーで正確にぶつからなければ、この呪文は成立しない。メラもヒャドも使える市井の魔法使いが、一人としてメドローアを成功させられないのは、まず素手では実現不可能なレベルの、高等な呪文だからなのよ。
……とはいえ、メラゾーマ・マヒャド級くらいの、ある程度大きい魔力なら、逆にコントロールが容易になるから、その辺が突破口になるんじゃないかって、方法論を研究している魔法使いもいるわね。もう何年か経てば、何人か組みでメドローアを成立させるやつが出てくるかも……と、まあそんな感じよ。
メドローア現象であれば、コップとテーブルを貫通する破壊力も、『パァンッという破裂音』も同時に説明できる。極微量の魔力であれば、衝突による発行量も大したものじゃなかったんでしょう。故に、凶器はメドローア<消滅呪文>である……ってなことで」
ポポムは「以上、とんでも仮説でした~」と言いながら、コップの中から木の玉を取り出した。几帳面にハンカチで、コップのふちと木の玉を拭いた。
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