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「……結局、何のためだったんだろうか」
夕方。その日最後の訪問先を訪れた後、ガタラの町中を歩きながら、隣のポポムに聞いた。
「どの話?」
「コップの件だよ。なんかわけわかんないくらい難しい曲芸をやってまで、なんであんなことを起こしたかわからないよなって」
俺は口をへの字に結んで腕組みした。いや、決してメドローア説を信じたわけじゃないけど。あんな無理筋を実行できる奴がいたら、頭がおかしいどころの話じゃない。
「確たる動機はないと思う」
ポポムは即答した。不機嫌そうな顔は相変わらずである。
「コップを壊したとき、あのヒトはあんたの家族を脅すようなことを言って、あんたを怒らせたのよね?
多分、キリンが用意したあの食事会の目的は、あんたの症状のカウンセリングであるのと同時に、あんたをわざと怒らせて、自分への敵愾心を募らせることだったのよ。
聞いた限りだと、キリンは最終的にあんたを自立させ、自分の元から去らせることが最終目標だったわけよね。その『旅立ち』の際、下手に自分に懐いて、付いてこられては困るわけじゃない?だったらいっそ、あんたから嫌われている方が都合がいい。だから、事あるごとにあんたの神経を逆撫でして、あえて嫌悪感を募らせるようにさせていたんでしょうね」
「……まあ、なんとなくわかるけど。それがあの曲芸とどうつながるんだよ」
「あんたの隙を作るため……以上の意味合いはない、と私は思ってる。キリンからしたら、あんたに嫌われたいとは思ってるけど、かと言って下手に挑発して乱闘になって、目立ってもいいことはないでしょ。
だから危ない線を越えそうになったら、あんたの見ていないところに仕込んだトリックで気を引いて、その隙にあんたの急所を突いて大人しくさせる……そのトリックが、今回はたまたま『パァンッという音』だったと。そんなとこじゃない?」
「そ、それだけ!?そんなことのために、あんな曲芸をするのか!?」
「するする。あのヒトは、わりとその場のノリで生きてるやつよ」
「め、迷惑すぎる……」
「今頃わかった?」
ポポムは肩をすくめて、チカラなく笑った。もうあのヒトのことは諦めたという哀愁が漂っている。心中察するに余りある。
ガタラの町中をぼてぼてと歩いていると、向こうの方にがれきの山が見えた。
がれきの山の裏手は、木枠で囲まれたガタラズスラムの入り口である。昼なお暗い貧民街は夕日の光も寄せ付けず、いつもと変わらぬ陰鬱な様相を晒している。
気付くと、ポポムはガタラズスラムの方向をじっと睨んでいた。別に貧民の暮らしに心を痛めるとか、そんな殊勝な考えはあるまい。きっと、仕事のことで思考をぐるぐる巡らせている。
「……まさか、あんな逃げ方をするとはね」
ぽつりとポポムがつぶやく。俺はなんとなく誰のことを言っているかわかった。つい数日前まで、ガタラズスラムでせこい商売をやっていたオーガのことだろう。
「あのおっさん、取り逃がしたって?あんたの管轄じゃないんだっけ」
「私とは別の警視長の指揮で追っていたのよ。そいつ、今も血眼で調査してるわ。自分の首が吹き飛ぶ瀬戸際だから当然ね」
「へえ……そのわりに、裏クエスト屋について詳しそうだけど」
「個人的に腐れ縁なのよ、その渦中の人物とは。一時期行方を追っていたこともあるけど、今は担当じゃないし、もう知らんぷりしてる」
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