そっけなく言うポポムの目は据わっていた。殺気とまでは言わないが、ポポムから剣呑なオーラが湯気のように発せられていた。
裏クエスト屋店主とポポムもまた、浅からぬ因縁があるらしい。
「……裏クエストが嫌いとか言いながら、俺に尾行を付けなかったことは、感謝してる」
「あんたは関係ない。あんたが絡む前から、キリンに『裏クエスト屋はほっとけ』と言われてたのよ。キリンが絡んでると、やるべき調査もやりにくいってだけよ……ふん、私も左遷が近いかしらね」
担当官が無能なのも悪い……と、ポポムがぼそりと付け加えたのを聞き逃さなかった。ほんと悪いヒトだな、この姐さんは。
俺とポポムはしばらく、スラムの方を観察した後、それぞれの宿に向けて去った。
――ポポムが聞かないのをいいことに、俺にもポポムに対して黙っている事柄があった。
裏クエスト屋店主が岳都ガタラを去ったあの日、俺はあの男に会っていたのである。
***
数日前。ガタラズスラム、裏クエスト屋にて。
スラム街の地下に建てられたレンガの隠れ家は、生気を失ったかのようにひっそりとしていた。普段ならランプで煌々と照らされている隠し通路は、灯りが弱められて埃が積もっている。
それほど長くない通路を抜けて店舗に入ると、これも普段の様相とは違っていた。酒場を模したようなテーブルと椅子は片付けられ、部屋の隅に追いやられている。カウンター奥の棚に、酒瓶と一緒に仕舞われていた書類も既に見当たらない。
唯一、カウンターにもたれかかってふんぞり返るオーガの男のみが、普段と変わらない態度を保っていた。その傍で、燕尾服を来た若いエルフが、箒で塵ごみを払っていた。初めて見る顔だが、恐らくは店主の部下――『おぼろ忍群』のメンバーだろう。さりげない所作でこちらを細く睨まれたが、俺も睨み返して張り合った。
「よくも生きて帰ってこれたもんだね。絶対死ぬと思ってたのに」
オーガの店主がいつも通りの憎まれ口を叩いた。頬杖をついて浮かべる憮然とした表情は、予想を外したというかのように、心底つまらなさそうだった。
別に店主の気持ちに寄り添う義理もないので、俺もぶっきらぼうに返答した。
「とっとと逃げた奴が、嫌味を言うんじゃないぞ」
「嫌味じゃないさ、実際大したもんだ。
実物は見てないけど、あの島に現れた『紫色のドラゴン』、ありゃ多分魔王クラスの怪物だよ。そんなもんに追い掛け回されて、五体満足で生き延びるとはね。おぼろの面子でもなかなかできる芸当じゃない。
君みたいなちんちくりんでも、うまく逃げるだけ成長してたってとこか――もしくは、優秀なサポーターでもいた?」
店主は品定めするようにねめつけた。俺はそっぽを向いて、視線を合わせないようにした。
「俺に聞かんでも、大体勘付いてるだろ」
「まーねー。大方、キリンの経路誘導でもあったんでしょ。
ドラゴンの視線を遮りながら、最短経路で世界警察の陣に逃げ延びるルートを爆走したからこそ、君は大した怪我もなく逃げ切れたんだ。一歩間違ってたら、ドラゴンのブレスで即とどめを刺されてた。
ミカヅチさんから見ても見事な逃走だったっていうし、流石に単独でやり切るのは無理っしょ」
店主は得意げな顔で推理を披露した。実際当たっているから大したものだが、褒めるようなことは絶対言ってやるものか。
それに、俺は別のことが気になりだした。
「……ミカヅチ……」
ミカヅチという名前は覚えがある。数日前に裏クエスト屋に来た際、ここの従業員を名乗って応対された初老のエルフだ。しかしあの日のオールドレンドア島に来ていたという話は初耳である。
単に遭遇しなかっただけ……と考えれば簡単なのだが、俺の勘が何か引っかかるものを告げていた。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7768952/