――ある日、こんなことがあった。
いつ勘付いたのか、ケチャが少女の黒い角と異形を看破し、少女に詰め寄ったのである。お前は魔族なのか?と。魔族に対する本能的な恐怖と嫌悪は、今も昔もヒトビトに根深く刻まれたものだ。否応なしに魔族を連想させる少女の姿を、ケチャは恐れた。何ヶ月も姿を偽って共同生活していたのだ、騙し討ちや何らかの悪巧みを警戒するのも無理はない。
ああ、またか、と少女は思った。自分の容姿が原因で居場所を失ったのは、もはや両手で数えられる回数では利かない。自分の心が冷えて固まっていくのを感じながら、少女はパーティを抜ける決心をした。今更失望は感じなかったけど、それでも人生で一番長く過ごした仲間の元を去るのは、少しだけ残念だった。
そのとき、ケチャの脳天に拳骨が落ちた。現場に割って入ったタリューのものだった。「他人の秘密をむやみに暴くな」と、タリューは低い声でケチャを叱った。タリューが本気で怒ったところを見るのは、これが初めてだった。さらにエレンまでもが乱入して、ケチャの首を締め上げたことで、彼らのキャンプ地は騒然となった。怒り狂うエレンをなだめすかし、泡を吹いて失神したケチャを助け出すまで、かなり時間がかかった。
その後、ケチャは意識を取り戻すと、ぽかんとした顔で座る角の少女に向かって土下座し、謝罪した。以来、ケチャが少女の容姿のことを口にすることは、二度となかった。
その晩、タリューは角の少女だけを連れ出して、焚き火から離れた位置にある小高い丘に来た。星の瞬く夜空の元、タリューと少女は無言のまま、並んで座っていた。
長い沈黙の後、タリューは「大丈夫か?」と、一言だけ言った。
少女はその意味が掴みかねて、何が?と問うように首を傾げた。意表を突かれたのか、タリューはバツの悪そうな顔で頭をかくと、再び話し始めた。
「ケチャのことは災難だったな。
オレは魔族云々のことがよくわからんけど、ケチャのやったことはやっちゃいかんことだったと思う。スルワラが本気で隠してることをわざわざ暴いたんだ。スルワラがケチャと絶交するのも仕方ない。
もし、今後ケチャと旅するのが辛いっていうなら、パーティメンバーを変えることも考える。次の町でパーティを脱退するのでも、ケチャを抜けさせるのでもいい。辛いことがあったら言ってくれ」
「いいよ、そんなこと」
タリューが苦渋の表情を浮かべる理由がやはり理解できず、少女は即答した。
「アストルティア人が魔族を恐れるのは普通。普通じゃないやつは、大抵魔族だって思われる。ケチャの反応の方が普通。わたしが、隠すのが上手くなかっただけ」
少女はなんてことないように答えたが、タリューはひどく愕然として目を見開いた。すぐに顔を伏せて隠したが、膝の上で固めた拳がぷるぷると震えていた。
動揺するタリューにこそ驚いてしまった少女が声をかけようとすると、タリューは突然、少女の顔に手を回して、がばっと強引に引き寄せた。少女のこめかみが、中年の男の硬い太股にそっと添えられた。
少女はタリューの顔を見ようとしたが、自分の頭を押さえるタリューの手に阻止された。くしゃくしゃと少女の髪を梳く男の手が思ったよりも温かく、少女はなんとなくされるがままになった。
タリューの行動が、少女にはやはり理解できなかった。そんなにひどい顔をしていたのだろうか?
「人の目を気にして肌を隠さなきゃいけないなんて、そんなのが普通なんてことがあっちゃいけないんだよ。それをお前は、ずっと我慢して受け入れてたんだな……大変だったな」
タリューの声は、今まで聞いたこともないくらい優しく、静かだった。
「明日から、変身するのはやめなよ。辛いだろ?」
「……辛いけど、やめない。わたしの方が、普通の恰好をしていたい」
「……そうか。じゃあ、町にいない間くらいやめてくれよ。こっちもいたたまれなくなってくる」
「……」
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